市川渚さんを惹きつけたHHKBのミニマリズム

市川渚さんを惹きつけた
HHKBのミニマリズム

HHKB Life

クリエイティブ・コンサルタントとしてファッション、ラグジュアリー、ライフスタイル、トラベル関連の広告やプロモーションの企画・ディレクションに携わる傍ら、媒体の連載やSNSで自ら情報発信も行う市川渚さん。ファッションとデジタルが融合したそのライフスタイルは、デジタルガジェットの新しい価値の発見を促すものとして注目され、支持されています。市川さんが愛用するHHKBについて、惹かれた理由と、独自の視点からの評価をうかがいました。

無刻印モデルと出会った瞬間
「なにこれ、かっこいい……!」

市川渚さんが発信するデジタルガジェット情報は、詳細な機能紹介や使用感・使い方提案といった基本に加えて、ガジェットの向こうに、複数の「モノ」がトータルにコーディネートされた、機能的でおしゃれな生活を見通すことができるという点でとてもユニークです。自ら撮影する写真の美しさという一点だけをとっても、通常の「使ってみました」レポートとは一線を画していることがわかります。こうした情報世界を構築するセンスの源泉はどこにあるのでしょうか。

「私は子どもの頃から、当時のパソコンやワープロといった機械っぽいものと、お洋服やおしゃれをすること、その両方が大好きでした。その二つ今に至るまで、私の中でずっと並行して走っているんです」

「だから中高生の頃なんて、昼間は『目立てば勝ち!』みたいな髪形と服で原宿に行くんだけど、夜になったらいそいそ家に帰って、テレホタイム(NTTのサービス『テレホーダイ』が適用される深夜早朝の時間帯)にインターネットをつないでずーっとやっているという、そういう生活を送っていました。結果として仕事に選んだのはファッションでしたが、機械やコンピューター、ガジェットやインターネットといったものは、今もやっぱり自分に欠かせないものなんですね」

ファッションと、いわゆるギーク的な世界が最初から同居しているデジタルネイティブ世代ならではの感覚です。それに加えて、あるメーカーの製品から受けた衝撃が、市川さんの中でファッションとデジタルが決定的に融合するきっかけになったといいます。

「Appleです。Appleはそれまでプロのクリエイターが使う道具というイメージだったMacintoshをiMacでがらりと変えて、『なにこれ、おしゃれ! こういうものが家にあったらすごくいいな』というものにしましたよね。パソコンなのにインテリアの一つにもなるような。あれがなかったら私もセンスが養われることがなかっただろうし、今のような考えには至っていなかったと思います」

「自分専用のパソコンは最初がボンダイブルーの『iMac』で、2台目が『大福』と呼ばれている『iMac G4』でした。特に『大福』が家に来たときはあまりに感動して、『これに部屋を合わせていくぞ!』と思ったことをよく覚えています。このPCを中心にデスクまわりをコーディネートしていこうと。あれが『何を基準に自分のまわりを整えていくか』の原点になった感があります」

そして「iMac G4」をはじめApple製品に多く見られるカラー「白」は、市川さんがガジェットをコーディネートするときのベースカラーにもなりました。したがって、市川さんが現在愛用する「HHKB Professional HYBRID Type-S」のカラーも白。無刻印モデルのため、シンプルさがいっそう際立ちます。

「あの無刻印というものを初めて見たとき、すごくびっくりしてしまって。キーボードってどうしても『文字を書かずにいられない』ガジェットですよね。キーがいっぱいあって全部に文字が書いてあって、情報量が絶対的に多い。そこに無刻印を人生で初めて目にして、すごく驚いたんです」

「エンジニアの夫がもともとHHKBの愛用者なので、刻印のあるHHKBの存在は10年くらい前から知ってはいました。でも夫のHHKBは有線の古いモデルで、ベージュっぽい白のキートップの一部を赤に換えてある様子がいかにもエンジニアっぽくて(笑)、私としては『えー』という感じだったんですね。ところが、あるとき夫の会社に遊びに行ったら机の上に真っ黒なHHKBらしきものが置いてあって、よく見るとキーに何も書かれていないんですよ。そのミニマルさにびっくりして、『なにこれ! ヤバッ、かっこいい……!』って。それが無刻印との出会いでした」

熟達したプログラマーのために無駄をそぎ落として設計されたHHKBは、もともとミニマルな機能美を備えた製品です。誕生からおよそ25年経った今も、その根幹に揺らぎはありません。そして無刻印は、HHKBの設計思想を最も端的かつ挑戦的に表した孤高の仕様です。市川さんの感性と無刻印モデル、研ぎ澄まされたもの同士は出会うべくして出会ったのかもしれません。

「HHKBってすごくコンパクトじゃないですか。プロのためのキーボードというと横にバーンと長い、昔のPC周辺機器みたいなものをイメージしますが、HHKBがちょこんと置いてある様子は本当にミニマルですよね」

もちろんそれに先立って、家でHHKBに触ったことのある市川さんは、その品質が折紙付きであることは承知していました。

「私はずっとMacユーザーなので、薄くて洒落た純正のキーボードがいいと思っていましたが、夫は『キーボードは絶対HHKBだから。俺はこれしか使わない。』とHHKBについて力説するんですよ(笑)。それで『ほほー』と思って使ってみたら、確かに全然違うんですよね。道具としてすごくよくできた、とてもよいものだということが伝わってきました」

こうして市川さんは、無刻印・白・無線接続の3要素に、静粛性と高速タイピング性を兼ね備えた「Professional HYBRID Type-S」のユーザーとなりました。

「夫と私はもともとデスクを共有していて、それぞれのラップトップPCをデスクに持って行って大きなディスプレイにつないで使うスタイルなので、夫のHHKBが1台あれば機能上は問題なかったんですよ。でも最近、コロナ禍への対応として各自のデスクを持つようにしたので、自分のHHKBを所有する理由もできて(笑)、今はとてもいい感じに使っています」

すべてのキーを白にした無刻印モデルで
仕事のモチベーションがアップ!

ところで、市川さんの「Professional HYBRID Type-S」は、普通の白いモデルとはちょっと見た目が違うことにお気づきでしょうか。白いモデルの場合、無刻印でも「Return」「Control」など一部のキーはグレーになっています。それをボディやその他のキーと同じ白に統一するため、サードパーティ製のキートップに付け替えているのです。

「無刻印の真っ白が欲しくて、『確かキーボード好きの人たちって、キーを自分好みに変えたりするんだよな……』と思い、探したら売ってるところがあったんです。もう速攻で買って、速攻で換えちゃいました(笑)。いや、もう最高に気に入ってますね」

「この真っ白なHHKBをSNSに上げたとき、『あーっ、なんだこれ?』という反応をたくさんいただいたんですよ。それを見て私は『みんな、やりなよこれ。やりなよ』って思ってました(笑)。白い無刻印のキーボードにあのグレーのキーが付いていると玄人感あふれるギークな印象ですけど、それを真っ白にするだけで、全然別物に見えてくるのもおもしろい」

いわれてみれば確かに、墨モデルはキートップも1色ですから、白がそうであって悪い理由もありません。「さすが」のご指摘というべきでしょう。なお、無刻印モデルは英語配列のみですが、市川さんはもともとMacでも英語配列だったため問題はありませんでした。ただ文字のないキートップには、慣れる時間がある程度必要だったそうです。

「無刻印は難度が少し高いということはいえると思います。でも、それを超える美しさがあるんですよね。未だに一つだけ困るのは数字を入力するとき。たまに数字だけのワンタイムパスワードを表示なしで打つしかないサイトがありますよね。ああいうときはちょっと困るし、夫にも『数字がわかりにくい!』とよく言われます(笑)。でもそれ以外はほとんど苦労せずに入力することができますよ」

では、HHKBの使い心地について、より具体的にうかがっていきましょう。ミニマルなキー配列とサイズに並ぶHHKBの根幹の一つ、タイピング感に関してはどうでしょうか。

「最初、HHKBはラップトップPCに付いているキーボードよりストロークが深いから、手が疲れるんじゃないかなと思っていましたが、長時間のタイピングでは深いほうが逆に疲れにくいんだということを実感しました。私の場合、文章を書く仕事も多いので、とても助かっています」

「それと、一般的なメカニカルキーボードってカチャカチャと甲高い音がするものが多いと思うんですよ。でもHHKBの場合、特に今使っているType-Sは落ち着いた低音が感じられて、すごく心地よいんです。高めの音が好きな方もいらっしゃると思いますが、私は高音が気になるタイプなので」

「そういう心地よい音とともに仕事をすると、やっぱりはかどります。気分が上がるというか。よい道具を使ってモチベーションを上げることは大事だと私は常々考えていて、特にキーボードは触れている時間が長い道具ですから、HHKBを使うことで仕事全体に対するモチベーションを高めることにもつながっていると思います」

HHKB特有の「よいものを使ってインプットしている」という感覚は、今や市川さんにとって欠かせないものになっているそうです。では、打ち心地以外の部分での使い勝手はどうでしょう。

「最近、PCをMacとWindowsの2台体制にして、両方でHHKBを使っています。このときのBluetoothの切り替えが本当に楽で、すごくありがたいと思っています。『Fn』『Control』と、私の場合は『1』にMac、『2』にWindowsを登録しているので、そのどちらかを押せばスムーズに切り替わります」

なお、市川さんのメインPCはMacで、Windowsは完全なる動画編集用とのこと。YouTubeにオリジナルの動画をアップしたり、ネット媒体の連載やInstagramなどでは自ら撮影してRAWデータから現像した写真を公開したりと、クリエイティブワークにも携わる市川さんらしいセッティングです。せっかくの機会なので、HHKBとともにデスク上にセットされる主なガジェットを教えてもらいましょう。

市川さんのデスクの全景。


左:手前がMacBook Proとスタンド、奥が市川さん自作のWindows PC。
右:Webカメラとしても使っているBlack Magic Design Pocket Camera 4K。

「普段は『MacBook Pro M1』をクラムシェルにしてTwelveSouthのスタンドに立てて、それをDellの32インチ4Kディスプレイに接続して使っています。マウスはロジクールの『MX Master 3』です。そのほか、カメラをPCにつなぐためにBlackmagic Designの『ATEM Mini』を置いてありますね」

「仕事中、コーヒーやお茶をよく飲むので、保温スマートマグの『ember』も愛用しています。最近導入したのは、Belkinの充電スタンド。iPhoneとApple Watch、AirPods Proが一箇所でスマートに充電できて便利です」

「WebミーティングのときにつなぐカメラはBlackmagic DesignのBlackmagic Design Pocket Cinema 4K。『ミーティングにこれだけのものが必要?』という話ですけど(笑)、高画質で背景のぼけた私の映像が映ることで、初対面の方でもアイスブレイクになるので助かっています」

なんと充実したデスクまわり。HHKBしかり、よい道具を使うことで仕事のモチベーションやインプット/アウトプットの質を高めようという市川さんの意志が伝わってきます。よい道具はきっと使い手の期待に応えてくれるはず。「オーバースペックかな?」と臆することなく、機会があれば積極的に手に入れていきたいものです。

ガジェットを組み合わせて使う楽しみが
ノートブック世代にも広まっていく

市川さんはHHKBを、家(市川さんの場合は仕事場でもあります)でじっくり仕事をするときに最適な道具としてとらえています。

「HHKBはプライベートな空間に腰を据えて、長時間かけて行う仕事に向いていると思います。HHKBがデスクにあると『よし、仕事するぞ』みたいな気持ちになりますよ。HHKBはコンパクトなので旅行に持っていくこともありますが、旅先から何かを発信するような場合を除いて、基本的には家でしっかり使うものですね、私にとっては」

コロナ禍によって、在宅勤務の質を高めるために、また家での生活自体を充実させるために、高性能な機器や道具の人気が各分野で高まっているといわれます。市川さんの上記の指摘はそのこととも呼応しています。

「ここ数年、『外に持っていくからラップトップを選ぶ』という風潮があったと思うんですよね。私自身、今のMacを買うときにラップトップにするか『Mac mini』にするか迷って、結局ラップトップの『MacBook』にしてしまいましたが、ラップトップで長時間の仕事はけっこうつらい。キーストロークのほか、高さ調整ができないので姿勢が悪くなって肩こりになるし。そういう意味でも、キーボードやマウスなどのガジェットを各々に合わせて選ぶのはすごくいいと思います」

興味深いことに、PCの基本形がノートブック(ラップトップ)である世代にとっては、デスク上でPCやガジェットを組み合わせて使うということ自体が新鮮な発見のようだといいます。

「私がそういうことを言うと、『目から鱗が落ちた!』という反応をしてくださる方もいらっしゃいます。PCというと、ラップトップをパコッと開いてそのまま使うというイメージだったところに、マウスを外付けして、キーボードやモニターも付けて使っていくと、自分好みの作業環境が構築でき、効率や心地よさが上がるという、それが新発見なんですね」

「ファッション業界の友人たちと話していると『リモートワークになって、肩こりがひどい』というようなことをよく言われるので、『スタンドを買って上にあげるといいよ、でも付属のキーボードが使えなくなるから別売りのキーボードをお店で見るといいよ』と教えると『なるほど、キーボード、外付けするんだ!』みたいな(笑)。デスクトップPCが一般的だった時代は、キーボードやマウスを外付けするのは普通でしたけど、最近は圧倒的にラップトップPCを選ぶ方が多いこともあって、周辺機器に目が向かないんだろうと思います。私のまわりにはIT系よりも、ファッション系・ライフスタイル系のライターや編集者が多いので、そういう人たちにも、仕事の効率やモチベーションを高めるためによいキーボードを使う、ということ自体がもっと広まってほしいなあと思っています」

自分に合わせてよい道具を選ぶ利点と楽しさが、今後は再び広く認識されていくのかもしれません。

「HHKBは価格もプレミアムですけど、夫の場合は20年使い続けているんですね。だから、実はコストパフォーマンスがすごく高いといえます。一般的にデジタルガジェットは寿命が短いのに、HHKBはまったく逆。プロが長年使っているものという安心感もありますし、他のガジェットとはちょっと違うなと思います。なにより、HHKBを持っていれば、この先キーボードで悩む必要がなくなります(笑)」

こちらは市川さんの旦那様が2003年から愛用しているHHKB。

インタビューの締めとして、市川さんが今後HHKBに望むところをうかがいましょう。

「いちばん上の列のキーだけ、シンプルに数字が書かれているキーがあるといいなと思っています。数字の入力に困ることがなくなるし、無刻印なのにそこだけ文字があるというのもかわいいかなと思って。それとか、白いキーに白の艶ありで印字してあって、光が当たると若干文字がわかるくらいになるとか。今の墨の刻印に近い感じですよね。無刻印だからこそ可能性があるというか、さらにわかりやすく、さらに楽しめるといった方向に持っていくこともできると思います。あとはなにより、今の白よりももっと白い、真っ白なモデルをデフォルトで出してほしいかな」

無刻印ピュアホワイト、想像するだけでおしゃれですね。真っ白な「市川渚モデル」も“アリ”かもしれません。
市川さん、楽しいお話をありがとうございました!



執筆者
石川光則(柏木光大郎)

編集者、株式会社ヒトリシャ代表。高畑正幸著『究極の文房具カタログ』やブング・ジャム著『筆箱採集帳』の編集、ANA機内誌『翼の王国』の編集執筆など、出版物やwebを中心に活動。
編著に『#どれだけのミスをしたかを競うミス日本コンテスト』(KADOKAWA)がある。