豊富なアクセサリーを開発してHHKBを盛り立てる「バード電子」ってどんなメーカー?
代表取締役の斉藤安則さんにインタビュー!

豊富なアクセサリーを開発してHHKBを盛り立てる
「バード電子」ってどんなメーカー?
代表取締役の斉藤安則さんにインタビュー!

HHKB Life

HHKBを使いこなす喜びをいっそう高めるアクセサリーの主要アイテムを、数多く開発しているメーカーがあります。バード電子です。アイデア・品質ともにハイレベルな製品を生み出すバード電子とはどんな来歴のメーカーなのでしょうか。同社のアイデアの源泉、代表取締役でHHKBエバンジェリストの斉藤安則さんにお話を聞きました。

趣味性と遊び心を大切にするHHKBに欠かせないアクセサリー

HHKBのオーナーになると、HHKBを自分好みにカスタマイズして独自の世界を構築する楽しみも手にすることになります。そのときに活躍するのが豊富なアクセサリー製品です。中でも今“旬”といえるのは、デスク上での使い心地を大きく向上させるパームレストや、ノートPCの上にHHKBを置く「尊師スタイル」に欠かせないキーボードブリッジでしょうか。これらはいずれも株式会社バード電子(神奈川県川崎市)の製品です。

「これはキーボードブリッジのニューモデルです。成形品にしました。MacBookとMacBook Proに最適化しています。キーボードとの間に隙間を設けて、排熱できるように改良しました。ヘビーユーザーには特におすすめですよ。素材が半透明なので、設置時の位置出しも楽にできます」

排熱対策を施した新しいキーボードブリッジ

写真は量産前のサンプル品。発売は9月下旬です。詳細はHHKB 25周年記念のイベントサイトをご覧ください。


こちらは取材時に見せてもらった、サンプルの前段階の試作品。3Dプリンターで製作しています。

自ら開発した新製品を語るバード電子代表取締役・斉藤安則さんの口調は生真面目でありつつも飄々としていて、見る人を驚かせたり喜ばせたりしたいという思いが覗きます。いたずらっぽく「こんなの作ってみましたけど、どうでしょう?」と言いながら何かすごいものを出してくる、そんなイメージです。

「あと最近の売れ筋は2層のパームレスト。ベースになる木材の上に貼る材質が、ローズウッド、イタリアンレザーと2種類あるんですよ。ギターやベースなどはネック部分の木材が2層になっているでしょ。だからこのパームレストも2層にしたんです。今いちばん人気があるのはイタリアンレザー。価格もいちばん高いのに、意外ですね」


ウッドパームレスト(ローズウッド)



革張ウッドパームレスト(イタリアンレザー)

HHKBの格を考えれば高級感あふれるイタリアンレザーの人気が高いのもうなずける話ですが、斉藤さんとしてはご自身が趣味で演奏するベースのネックに近いローズウッド版がお気に入りのようです。趣味や遊びを大切にするのは、それ自体が2シーターのピュアスポーツカーにたとえられるHHKBにぴったりの感覚です。

では、斉藤さんはバード電子というユニークなメーカーをどのようにして育て上げ、アイデアとセンスにあふれる製品を生み出してきたのでしょうか。バックグラウンドを聞きましょう。

バード電子のルーツも
実は「キーボード」だった!

バード電子は斉藤さんが一から立ち上げた、ファブレスのメーカーです。北海道生まれの斉藤さんは元来、工作や建築を好む少年だったそうです。

「父親が職場から持ち帰った数年分の建築雑誌を読んで育ちました。1990年代になってミッドセンチュリーのブームがありましたよね。あのとき、目にするプロダクトを自分が全部知っていて、なぜ知っているんだろうと不思議でしたが、思えば小学生のときにその雑誌で見ていたんですね。僕自身は70年代前半の工業デザインが好きで、大学は建築をやりたかったけど事情で断念し、電気工学の道に進みました」

バード電子の打ち合わせスペースの椅子はミッドセンチュリーの名作「アント」(フリッツ・ハンセン)です。座面に敷かれているのはバード電子製のターンテーブル用ラバーマット!

「自分の将来を決めたのは、高校の入学祝いに買ってもらったTEACのオープンリールデッキ(2トラ38cm)だったような気がします。当時はTEAC対応のラックが欲しくて、YAMAHAのオーディオラックのデザインを模倣して合板で自作しました。それが僕の初めての工作です」

1960年生まれの斉藤さんは、プラモデル、スキー、生録、アマチュア無線、ボーイスカウトと、高度経済成長期の少年たちが憧れたり親しんだりした趣味や活動をひと通り経験しています。そして長じてからはジャズに親しみ、登山、クルマ、ガーデニングなどを経て、現在はバンドでベースをプレイしています。ちなみに好きなプロダクトデザイナーはBraun製品で知られるディーター・ラムスと、「ボビーワゴン」で有名なジョエ・コロンボとのこと。

デスク脇にはジョエ・コロンボの「ボビーワゴン」が置かれています。“きれい好きエンジニア”斉藤さんにぴったりのアイテムです。

「それで電気工学科を出たあと、LED表示機器のメーカーに就職してエンジニアになりました。営業マンと客先に行ってカスタマイズの方法などを売り込むセールスエンジニアです。零細企業だったので電気のことがわかるのは私一人でしたから、入社して間もないのに出番がたくさんあって、多くを学びました」

「その会社を3年と3か月で退職したのは、もともとサラリーマンは3年でやめるつもりだったからです。地元でジャズ喫茶を開こうと思っていたので。ところが帰省の準備をしているとき、辞めた会社の取引先の経営者に『会社を作れよ』と声をかけられたんです。それで設立したのがバード電子。起業した場所は今の会社の近くで、神奈川県川崎市の鷺沼です」

バード電子という社名は斉藤さんのジャズ好きに関係しています。モダンジャズの立役者の一人、サックスプレイヤーのチャーリー・パーカーのニックネーム「バード(ヤードバード)」から取っているのです。

「会社を作ったことでジャズ喫茶ができなくなっちゃった。だから本当にやりたかったことを忘れないように、チャーリー・パーカーを社名にしたんです。どちらかというとオーネット・コールマン(フリージャズの先駆者)のほうが好きなんだけど、それを社名にしたらみんなにあれこれ聞かれるでしょ。でもバードだったら単純に鳥だろうと思うじゃないですか」

顧客も仕入先もゼロからのスタートだったため、2年間は本当に苦労したそうです。でもようやく3年目に「クリックキーボード」という商品名のフラットキーボードが売れ始めました。実は、奇しくもキーボードがバード電子の最初のヒット商品なのです。ただしキーボードといってもPC用キーボードではなく、産業用のフラットキーボードです。タワーパーキングなどで機器をコントロールするための端末に備えられている、あれです。

バード電子はフラットキーボード業界では有名メーカーです。左は「クリックキーボード」のサンプル、右はそのカタログ。

「クリックキーボードを作ろうと考えたのは、標準化することで手軽に採用されると思ったから。今はどこにでもあるフラットタイプですが、当時は作っている会社がほとんどありませんでした」

「クリックキーボードはあらゆるデバイスと組み合わせられるし、デザインや文字なども自由にカスタマイズできます。だからいろいろなモディファイを施して、シリーズを増やしていきました。その結果、大手企業や官公庁に標準型キーボードとして採用していただいて、ものすごくたくさんの注文をいただきました。それで社員を10名ほどに増やして、10年間はクリックキーボードで食べてましたね。10万台以上は売っています」

「クリックキーボード」の大ヒットのあと、バード電子はPCアクセサリーに力を入れ始めます。オフィスの棚には歴代の製品がずらりと並んでいます。

ところが、やがてバブル崩壊の影響をもろに受けたバード電子の売上は半減。社員数も半分にまで減ったそうです。

「それと同時にWindowsの時代がやってきて、産業用機器の入力装置や表示装置がCPU搭載のタッチパネルに移行し始めました。そこで1995年頃、バード電子として次の展開を考えていくことになりました。それがPCアクセサリーでした」

タッチパネルメーカーになることも考えたそうですが、液晶を製造する必要があるため、市場が大手メーカー中心になることは目に見えています。ファブレスのバード電子にとってはPCアクセサリーの可能性がより大きく、また斉藤さん一流の洒落っ気も活かすことができます。産業用キーボードで鍛えられた品質管理能力も思う存分発揮できるでしょう。この激動の時期、斉藤さんと会社は大変だったと思いますが、PCユーザーやHHKBユーザーから見れば「こちらに来てくれてありがとう」と言うべきかもしれません。

先進的なアイデアをユニークに仕上げる
高度なセンスと技量に脱帽

PCアクセサリーの開発に本腰を入れたバード電子は、主にApple製品向けの商品を展開し、PC業界で話題になりました。初期の傑作を振り返りましょう。

「POKE」シリーズ(1996年)

ギターの音色を変えるエフェクターのデザインを取り入れたPCセレクター。言うまでもなく、斉藤さんの音楽趣味と楽器趣味からきています。

「INTERCOOLER」シリーズ(1999年)

ノートPCの冷却台。自動車エンジンの冷却装置を思わせるネーミングと、見る人をニヤリとさせるオーバースペック感が絶妙です。2000年にグッドデザイン賞を受賞しました。

「EZISON」(2003年)

日本初のiPod専用スピーカーです。スピーカーを内蔵していないiPodの仕様を逆手にとり、ユーザーのニーズに応えた傑作です。

「POCO」シリーズ(2004年)

他に先駆けて発売したiPodケースです。イタリア車の内装に使われる「アルカンターラ」と同等の素材、東レ「エクセーヌ」を使用しています。

「ひょうたんスピーカー」(2004年)

実用性と趣味性の両立というバード電子製品の特徴を端的に表す、衝撃の“デジタル民芸品”です。

「DJ」シリーズ(2007年)

発表当時世界最小だったミキサーです。ツマミにはギターのノブ(本物)を使用しています。

バード電子の製品はどれも実用的で、痒いところに手が届き、それでいてユーモアと遊び心に満ちています。これらを発想し、実際に開発してしまう手腕は「すごい」のひと言です。

「PCアクセサリーは僕自身がもともと愛好者なので得意分野でした。人は趣味を深めると、自分の機材をアップグレードしたくなるものです。本体は一つであっても、オプション活用で楽しみは増します。僕の場合も、クルマなら吸気・排気・足回りの改良を重ねましたし、ギターやベースならエフェクターやシールドなどの小物がそうですよね」

左:ひょうたんスピーカー用のひょうたん。決まった産地から仕入れるほか、自家栽培も行っています。
右:こちらは現行品のHHKB用ウッドパームレスト。デリケートな製品は斉藤さん自ら品質を厳しくチェックし、不良の発生を限りなくゼロに近づけています。

そして2008年、バード電子のPCアクセサリーは思わぬ展開を見せることになります。PFUとのつながりができ、HHKBおよびScanSnapのアクセサリー開発に力を注ぐようになったのです。

「きっかけはキーボードルーフでした。これも初期からの製品です。僕は神経質できれい好きなので、キーボードの埃がとても気になって、純粋にカバーが欲しかったんですね。昔のPC-98やオフコンなどにはキーボードのカバーが付いていたでしょう。『あれが今、欲しいな』と思って」

「そこでキーボードルーフを、フルキーボード用、テンキーレス用、HHKB用と3種類作りました。そしたらHHKB用ばかり売れたんです」

このときバード電子とPFUの間に接点はありません。斉藤さんとしては、あくまでも世の中に出回っているキーボードの1タイプとしてHHKB用を作ったとのでした。

「ところが、あるときPFUから電話がかかってきて、PFUまで足を運んでもらいたいと。僕はHHKB用のキーボードルーフを勝手に作って売っていたので、『これはヤバイかな、怒られるかな』と思いながら行ってみたんです。すると当時のHHKB担当の方がお二人出てこられて、『このキーボードルーフをPFUダイレクトで扱わせてほしい』と」

「ありがたいお話ですからもちろん了解しました。それで帰ろうとしたら、PFUでずっとHHKBに関わっている松本さん(現・広報戦略室長)が出てこられたんですよ。それで飲みに行きまして、二人ともクルマ好きでジャズも好きということで大いに盛り上がり、意気投合しました。その席上、松本さんが『今後もPFU製品のアクセサリーを開発しませんか』と言ってくれたんです」

そこからPFU公認バード電子製アクセサリーの開発が始まりました。クルマやジャズなど大人の趣味が関係しているあたり、究極の嗜好品ともいえるHHKBにぴったりのスタートではないでしょうか。

PFUの松本広報戦略室長(右)と。同世代の二人は気の合う仲間でもあります。

HHKBとScanSnapのために
アクセサリーを次々と開発

これ以降、PFUとの協業によるアクセサリーがバード電子製品の多くを占めるようになりました。HHKB用オプションのほか、ScanSnap向けのアクセサリーもあります。

「協業の仕方は、僕の発案したPFU製品向けアクセサリーを扱ってもらうか、PFUさんが提案したアイデアを僕が設計して製造するか、そのどちらかです。もちろん僕が提案したアイデアの場合も、要所はPFUと相談しながら進めています」

「たとえば、ScanSnap SV600用のリバーシブル背景マットは僕が提案した一例です。SV600を自分で使ってみて、付属のマットよりしっかりしたものが欲しいなと思ったので。すると松本さんが『せっかくだから裏にも素材を貼ったらどうか』と意見をくれるというように、お互いアイデアを出し合って作るという感じですね。同じSV600専用のブックプレッサーは、PFUから『こういうものが作れないか』という相談を受けて開発したものです」

HHKB関連では、最初のキーボードルーフに続いてパームレストを開発。以来、アクセサリーのラインアップは順調に増え、また一部はモデルチェンジを経て現在に至っています。現行製品は、アクリル射出成形によるスムーズで美しいキーボードルーフ、無垢材のウッドパームレスト(スタンダード版)、iPodケースで一世を風靡したバード電子らしい頑丈なトランスポーター(ケース)、HHKBエバンジェリストの塩澤一洋さん(成蹊大学法学部教授・写真家)の発案によるHHKB吸振マットHG、「尊師スタイル」に最適のL型コネクタを採用したHHKB接続 TypeCケーブルと、HHKBユーザーの痒いところに手が届くラインアップです。

バード電子のHHKBアクセサリーは、PFUダイレクトのWebページを是非チェックしてみてください。

ところで、斉藤さんは長い間アクセサリー開発の対象としてHHKBに接してきましたが、意外なことにHHKBのユーザー歴は長くないそうです。

「僕はMacのノート型を、PowerBookの時代からずっと使ってきました。ところが2007年頃に買い換えたMacBook Proはキーボードのタッチが変更されていて、思うように打てなくなって困り果ててしまいました。そこで試しにHHKBに換えたところ調子がよくなり、それまでにあったタイプミスもなくなりました。以来、HHKBを愛用しています。ストレスもなく、快適です」

「HHKBの配列は日本語です。英語配列にしたいと思ってはいるものの、慣れるのに時間がかかると思ってなかなか踏み切れないという。『えっ日本語配列なの?』とみんなに突っ込まれています(笑)」

「Professional Hybrid Type-S」の日本語配列(墨)を使用中。ノートPCの下には「INTERCOOLER」がセットされています。


左:黄色いキーはタミヤカラーで塗装したもの。
右:数字を見やすいよう、専門業者に依頼して彫刻を施し、黄色を流しています。


左:片側がL型コネクタのHHKB接続 TypeCケーブルを使用し、有線で接続しています。
右:これは鍋置きをHHKBのディスプレイスタンドとして活用するアイデア。


バード電子オフィスの斉藤さんのデスクには、伝説のINTERCOOLERに載せたMacBook ProとHHKB。キートップに小技を効かせていて「さすが」と思わせます。ほかにも「おもしろいモノ」が満載のオフィスで、今日も斉藤さんはアイデアを練っています。

斉藤さんはフリージャズのレーベル「JINYADISC」を主宰する音楽プロデューサーでもあり、ギタリスト・高柳昌行の作品をこれまでに何枚もCDでリリースしていいます。左は音源用のオープンリールデッキ、右は作品の一例。


左:iPod用スピーカーを発展させたギター型スピーカー。iPhoneをセットしてギターアプリで遊べます。
右:斉藤さんが最近入手した「誰もうらやましがらないすごいもの」、本物のSLのナンバープレート。生録少年だった中学時代から欲しかったもので、「人生でいちばんうれしい買い物」だったそう。ちなみに重さは10キロあります。

「これまでの経験から、『カイゼン』『整理整頓』『不良ゼロ』というバード電子の業務上の方針が、自分自身の主義でもあるとわかりました。それを今後も設計や工程管理などに役立てながら、PFU製品をより快適に楽しく使えるアクセサリーの提案を続けていきたいと思っております」

仕事はていねいに、製品にはグッドテイストとオリジナリティを。これがバード電子のモットーです。今後どんな製品を開発してHHKBユーザーやScanSnapユーザーを楽しませてくれるのか、とても楽しみです。

執筆者
石川光則(柏木光大郎)

編集者、株式会社ヒトリシャ代表。高畑正幸著『究極の文房具カタログ』やブング・ジャム著『筆箱採集帳』の編集、ANA機内誌『翼の王国』の編集執筆など、出版物やwebを中心に活動。
編著に『#どれだけのミスをしたかを競うミス日本コンテスト』(KADOKAWA)がある。

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