HHKB Presents「暦本純一のあれこれ探求ラボ」第1回(対談:暦本純一×せきぐちあいみ)

日本の情報工学(ヒューマンインターフェース)研究の第一人者である暦本純一さんがMCとなり、様々な業界のゲストをお迎えしてお話しいただくHHKBプレゼンツの対談企画。名付けて「暦本純一のあれこれ探求ラボ」シリーズがHHKB公式YouTubeで公開されているのをご存知でしょうか?
記念すべき第1回のゲストには、世界的VRアーティストの「せきぐちあいみ」さんをお迎えし、「XR時代のヒューマンインターフェース」というテーマでお2人に語っていただいています。
普段から最先端のお仕事をしているお2人。果たして対談の中ではどんな熱い議論が展開されたのでしょうか?
今回は、その対談の一部をピックアップしてお届けします。
前編:AI時代の創造と価値の本質
“創造の本質”とAI時代の逆説――「なぜ人間が作る必要があるのか?」
暦本:この番組では最先端技術の応用や未来の可能性について専門家やクリエイターの方々と議論していきたいと思っています。
今日のテーマは、「XR時代のヒューマンインターフェース」。
ということで、今日のゲストは世界的に注目されているVRアーティストの「せきぐちあいみ」さんです。
せきぐちさんがやっている物理的な、人間の身体性を伴ったVRアートって、CGだったりズームやピンチだったり、コンピューター的な要素ももちろんあるんだけど、はしごを使って大きな彫刻作品を作るような、そんな要素もある気がしたんですよね。

せきぐち:物理的に大きいものはそれだけでパワーがあるし、デジタルの空間と物理的空間とが混ざって空間を超えていくっていうのも新しい衝撃がある。これまでになかった経験が届けられるのが大きいです。今この瞬間をまるっと切り取れるし、ずっと未来の人間にとっては、それこそが残すべきもの、見たいものじゃないかなって思います。
暦本:作っているところそのものが面白いっていうのはあるよね。最終的なコンテンツだけじゃなくてその経過というか。
アルタミラの洞窟の壁画ってあるじゃないですか?あれってめちゃくちゃ大きいので、洞窟に入った瞬間、牛の大群に襲われるような感覚があるんだそうですよ。
それ、とてもVRっぽいですよね。身体的なスケールで描くと、そこにいる人が浮かんでくるっていうのはあるのかな。
せきぐち:あの壁画、最初のVRとか言われていますもんね。
壁画もそうなんですけど、私、普段から、巨石を見にいくのも大好きなんです。
そこにとても神秘性や永続性を感じるっていうか。他にはない価値があるって思ったりもします。
今や、AIやロボットが人間より圧倒的にすごいものを簡単に作ってしまう世の中じゃないですか?なので、そういう世界になったとき、やっぱりAIで再現できない巨石などがすごいってなってくるように思います。

AI時代に本当に価値のあるものとは?
暦本:それはありますよね。AIが何でも作れてしまうから、作った結果(ビットマップ)自体にはあまり価値がなくなって、私が作った、あなたが作ったってところが価値になる。
だから、僕はバレンタインチョコ説を提唱するんだけど。(笑)
チョコレートの分子は誰からもらっても同じものだけど、誰からもらったかが重要。私が作って、あなたにあげたいからあげる、という俗人性が逆に問われる。
AI時代はその俗人性にこそ、価値があるということになるのかもね。(笑)
現実と仮想のあいだで:最先端技術とアートが交差する未来
暦本:今の研究だと、「触覚フィードバック」とか「タクタイルフィードバック」って言って、触覚や味覚はVRではまだまだな分野だね。やはり今の技術の大部分は「視覚」に大きく依存していて、そこは格段に進化しています。でも“触覚”や“味覚”“嗅覚”ってまだまだ難しい部分。
せきぐち:私、ずっと「筆圧」みたいなものをどうにか表現できないかなって、ずっと思っていたんですよね。感情を込めたり、表現に集中したりできるインターフェースだったら嬉しいなって。
暦本:今でも、Apple Watchや低周波治療器みたいなデバイスで指を動かす、みたいなタイプがあるにはある。もっと未来的なものだと脳に電流を流して「ここに壁ある!」みたいな触覚を出すみたいなことも技術的にはできる。けど、「本当に欲しいか?」っていうのは議論になると思う。フェイクだ!って言う人もいるしね。
せきぐち:私はやりたいですよ。将来、病気になったとしてもベッドの上でも絵を描き続けたいし、指が動かなくなっても、できる手段は絶対に取り入れたい。
視線入力や脳波コントロール…色んな手段を組み合わせて「私らしいあり方」で体験し、表現できる未来になるといいなと思っています。
暦本:そうなったら、せきぐちさんが「脳アーティスト」第1号ですね。(笑)
良いインターフェースというのは、普及してしまうと当然になってしまってもう普及する前には戻れないというようなものでしょうしね。それに、実際に脳に電流を流すような究極の過激なインターフェースであっても、それをやりたいというような人類は結構な数いると思います。例えば自分とかもそうです。(笑)
以前、ニューラルリンクのテストで脳に電極を埋める実験の被験者を募集していたんですよ。応募しようかなと思ったんですけど、被験者がアメリカ国籍じゃないとダメってあったので断念しました。(笑)
せきぐち:そうなんですね。私は、脳が傷つく恐れがあるのはいやだなあ。(笑)
暦本:あ、そこはダメなんですね。(笑)
僕は、APIがあれば平気です。自分でプログラムできるんだったらぜひやりたい。誰かの作ったシステムを埋め込まれて、こうやってうごきますよっていわれてもそれだけなんですけど、APIがちゃんとあって自分でプログラミングできるんだったらすごく面白いなあって思います。それだったらやりたいですね。レーシックとかは怖いですけど、脳に電極指すのは怖くないです。(笑)
まあ、ウェアラブルやインプラントの先をどこまでやるかっていうのは、議論としてはありますけどね。
せきぐち:でも、そうか。
もしかしたら私もやってしまうかもしれないなあ。(笑)
暦本:今後、VRやメタバースがどこへ行くのか、ってすごく興味がありますね。東京はリアルワールドがちょっとCGやメタバースっぽい感じします。逆に、VRの中に癒し空間を求めていたり。その辺が面白いですね。
僕たち、京都で茶道(お茶室)も研究しているんですが、あれって結局、わび・さびを体験するためのVR的空間を作っているんですよね。人工的に設計されたもの。非日常。メタバース的発想ですよね。
せきぐち:お寺やお寺の仏具とかもそうですよね。
暦本:最近、AIやテクノロジーで何でも作れる時代になってしまって、人間いらないですってなりがちなんだけど、「やっぱり人間が体験する意味のあるもの」を探しているって感じですね。
せきぐち:テクノロジーがこれだけ進化しても、逆に「原始的な心の落ち着き」や「本当のリアルさ」は、人には大事なんですかね。
暦本:そうですね。あ、イヤホンのノイズキャンセルもある意味VRなんですよ。
XRやARって拡張現実じゃないですか。ノイズキャンセルは、逆のディミニッシュリアリティ(引き算する)なんですけど、引き算することで別の空間を作ることもできる。いらないものを意識的に消す、それもVRですよね。
激変する時代でも、人間らしい「創造」や「価値」は「プロセス」「身体性」「個人の物語」といった“一度きりの生”の体験そのものに宿る。最適化や模倣より、「私だからこそ」の発見・失敗・想い。
それこそが新時代の“ホンモノ”なのかもしれません。
\対談の様子はYouTube動画で公開中。【前編】/
後編:キーボードに宿る人間の根源的欲求
叩く、触れる、造る――キーボードと私たちの道具愛
暦本:せきぐちあいみさんと話すインターフェースの未来、ということで、後編はもっと現実的な話題である「キーボードの未来」ということでお話をしていけたらと思います。
せきぐち:先ほどから空間コンピューティングの話をしていましたが、空間コンピューティングであっても普通に空間にブラウザ画面が出てきたり、仕事したりするので、結構キーボードは使うんですよね。
でも、空間にそのまま文字を入れようとすると疲れるので、私も長く作業するってなったらキーボード使います。
今使っているのは、HHKB Studio(雪モデル)でマウス機能もついていて便利です。でも、今後、キーボードってどうなっていくのかなって思ったりするんですよね。

今は長くタイピングするときは、キーボードが必須だというせきぐちさん
暦本:実は、キーボードはインターフェース研究って観点だけじゃなくて、キースイッチの打鍵音や打鍵感へのこだわりだったり、ハードウェア工作的なことだったり、いろいろな側面があるんですよね。そもそも、キーボードがなくてもいいのか、という観点も実は面白いと思っています。
例えば、物理キーボードがなくても、机の上をキーボードに見立てて打つ動作をしたらそのまま入力できる、みたいなことがVRだと近い将来はありえる。でも、仮想タイピングにはキー加重などの再現など、触覚的にまだまだ限界がある。
それを考えると、今後は、音声入力がもっともっと主流になってくるかもしれないと思っています。ChatGPTも音声を理解するようになってきていますしね。
そうなってくるといちいち文字入力しないかもしれないので、キーボードの位置づけがかわってくるかもしれない。
せきぐち:そうなんですね。私の場合、ゴーグル型のデバイスを使って外で作業することが多いので、あまり音声入力はしたいと思わないですけどね。
暦本:音声入力の問題は、他人に聞こえてしまうとまずい、というのがありますね。でも、小声(ささやき声)でしゃべっても聞き取りできるような、口パクなどでも認識できる技術は今でもあります。ウェアラブル技術や手話のようなサインランゲージなどを研究している方もいる。いろいろな可能性がありますよ。
せきぐち:そうなんですね。普段VR空間などでキーボードを使うときは、疲れない、感触がいいものだったり、自分用にカスタマイズしたものだったり、そういうものがいいなって思うんですけど。
そういえば、最近、アラビア語をたまに打ちたい場合があるんです。でも、物理的にキーボードの言語を切り替えたりするのは簡単じゃないので、VR空間で使用する言語やキーボードを簡単に自由に切り替えたりできるといいなって思うんですよね。
暦本:それはいいね。AR空間にある物理キーボードの表面の言語を簡単に切り替えることができたりすると確かに便利そうですよね。
でも、最終的に、物理キーボード、なくなっていくと思いますか?
せきぐち:私はまだまだなくならないと思っています。なくならないからこそ、もっと軽くなって欲しいです。毎日持ち歩きたいからこそです。(笑)
VRゴーグルを手にいれたことで、やっと大きなディスプレイから解放されたから、キーボードが重くて持ち運びしづらいのはいやだなって思います。(笑)
叩く、押すという感触は人類の共通の欲求。それは未来でも失われない。
暦本:せきぐちさんがおっしゃるように、VRで触覚の再現は非常に課題ですね。
視覚についてはかなりもう再現できているんですけど、指先の感覚のような触覚はまだまだなんですよね。脳に電極を埋め込むぐらいしないと、してもたぶん再現できないです(笑)。
せきぐち:これまでにかなり違う触覚のキーボードとかあったりするんですか?
実は、叩くってすごく大事だなと思っているんですよね。VRでメニューを出すにしても「ボタンを押したら出る」とか「どこかに触れたら出る」とか、何かを押して触りたいっていうのがあるんです。これは今まで私が物理世界に生きてきたからこそ思うことなんですかね?
暦本:いやいや、ボタンってそもそも押したくないですか?(笑)子供の頃って、でっぱっているものとか、押したらいけないボタンとかほど押したいですよね。(笑)
そこは人類の共通の欲求じゃないんですかね?(笑)
せきぐち:そうですよね。私もそうなんですけど。でも、今でもキーボードよりフリック入力のほうが好きな若い子とかもいるから、そのうち「押したい気持ちとかないけど」って子も出てくるかもなって思います。(笑)
打鍵感とかなくてもいいとか。
暦本:え?じゃ、おれって打鍵感おじなの?(笑)パーカー来てるやつ?
自作キーボードコミュニティってそういう人ばっかりだけど。でも、まあ、そうなのか。(笑)

でも、キーボードって1つはそういう側面ありますよね。クラフトの世界。作品性とか希少性って話ですよね。自分で道具を作ること自体を楽しむ。
「ボタンを押したい」の次の段階は、「押すものを自分で作りたい」という。でもそれは趣味としては最高のものだと思います。そういう感じで、いろいろなコミュニティが動いていくと、豊かな感じがしますよね。
せきぐち:職人的というか、自分にとって大切な道具を大事にするって人生にとって豊かな感じがしますよね。デジタルに生きているからこそ、物理的に存在するものに愛情や愛着が持てたりする。
暦本:キーボードは愛着が持てるだけの時間使うものですしね。馬の鞍じゃないけど、身に着ける装身具に近いものだし、キーボードはコンピューターやAIなどが進化してもまだまだずっと付き合っていくものかもしれませんね。
VRやAIの最新現場は「効率」や「再現性」が問われる中、「なぜ人が作るのか」「なぜ手で“触れる”ことが大事なのか」という問いを逆説的に掘り起こす場にもなっていた。AI・XR時代のインターフェースが次に変えるのは、きっと“人間が手で何をしたいか”という「根本の欲望」そのものかもしれない――。
\対談の様子はYouTube動画で公開中。【後編】/
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今回は、HHKB公式のYouTube対談動画シリーズ「暦本純一のあれこれ探求ラボ」の第1回の見どころについて、ほんの少しだけご紹介しましたが、いかがだったでしょうか?
世界的にご活躍されているお2人の対談ということで、とても興味深いお話がたくさん出てきて大変楽しい動画となっています。今回、記事でご紹介した内容は、対談内容のほんの一部なので、まだまだ興味深いお話がたくさん。
興味を持たれた方はぜひHHKB公式YouTubeチャンネルで、動画本編をご確認くださいね!
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