累計出荷台数75万台突破。熱狂の「HHKBユーザーミートアップ Vol.9」で見えた、原点回帰と新たな挑戦、そして30周年への助走

2025年も暮れに差し掛かる中、HHKBを愛するユーザーたちが一堂に会する恒例のイベント「HHKBユーザーミートアップ Vol.9」が開催されました。ユーザーミートアップは2017年に秋葉原で第1回が開催され、毎年、熱量の高いHHKBファンの皆さんが集い、盛り上がっています。今年も会場には多くのエンジニアやクリエイター、そして熱心なHHKBファンが詰めかけ、熱気に包まれていました。今回は「HHKBユーザーミートアップ Vol.9」の様子をレポートします。

「HHKBユーザーミートアップ Vol.9」が開催されました。
「HHKBユーザーミートアップ Vol.9」が開催されました。

今年の会場はZOZOのオフィスがあるガーデンテラス紀尾井町です。

■累計75万台を突破し有線モデルの投入や異業種コラボで30周年への助走を始めた

イベントの幕開けを飾ったのは、PFUでHHKBビジネス部部長を務める山口氏による、おなじみマシンガントークでのプレゼンテーションです。「2025年のHHKBの振り返りと展望」と題されたこのセッションでは、今年の販売実績と分析、待望の新製品やユニークなコラボレーションまで、多岐にわたるトピックが語られました。

ドキュメントイメージング事業本部 HHKBビジネス部長 山口篤氏。
ドキュメントイメージング事業本部 HHKBビジネス部長 山口篤氏。

まずは、気になるHHKBの現在地を示す数字から見ていきましょう。HHKBの累計出荷台数はなんと75万台を達成しました。60万台を突破したのが2021年のことですから、そこから約3年半でさらに15万台を積み上げた計算になります。コロナ禍におけるテレワーク需要で一気にユーザー層が拡大した後も、その勢いが衰えていないのは流石です。

シリーズ別の販売比率に目を向けると、昨年は新登場した「HHKB Studio」が一気にシェアを伸ばしましたが、今年は「HHKB Professional Classic」や「HHKB Professional HYBRID」が再び伸びを見せているそうです。

累計出荷台数が75万台を突破しました!
累計出荷台数が75万台を突破しました!

この現象について山口氏は、昨今の物価高や円安の影響で高価格帯の製品に手が届きにくくなっているという市況感にも触れつつ、ユーザーの嗜好が多様化していると述べました。特に配列の選び方においては、プロフェッショナルの代名詞とも言える「無刻印モデル」と、一般的な「日本語配列モデル」の双方が1%ずつシェアを伸ばしています。

「プログラマーやエンジニア以外の職種の方にも、日本語配列が浸透してきてるのかなと思いますし、一方で、無刻印にチャレンジする方もいらっしゃるので、二極化してると感じます」(山口氏)

上級者向けの無刻印とビギナー向けと思われていた日本語配列が伸びています。
上級者向けの無刻印とビギナー向けと思われていた日本語配列が伸びています。

ユーザーの年齢層は、10~30代という若年層のユーザーが増加傾向になっていました。職場や学校の先輩たちがHHKBを使っている姿に憧れ、「自分も使ってみたい」と追随するフォロワーの存在が大きく影響しているようです。

男女比においては、今年は女性比率がわずかに減少したものの、後述するファッションブランドとのコラボレーションなどを通じて、女性ファンへのアプローチも積極的に継続していく予定です。

10代、20代、30代のユーザーが増えました。
10代、20代、30代のユーザーが増えました。

続いて、ハードウェアとしてのHHKBの進化と、その周辺を彩るオプション製品についての話題です。注目は、10月21日に発表された新製品「HHKB Professional Classic Type-S」でしょう。高速入力と静粛性を兼ね備えたType-Sの打ち心地を、有線接続専用のシンプルなボディに収めたものです。一見すると、ワイヤレス全盛の時代に逆行するようにも思えますが、実は大きなニーズがあります。USB Type-Cケーブルで接続すれば、バッテリーやワイヤレス接続を管理する煩わしさから解放されます。つなげば使える、というのはわかりやすいですよね。

山口氏自身も、自宅ではノートPCをドッキングステーションに接続し、そこからモニターやキーボードを一括で認識させるスタイルをとっているそうで、「やっぱり、ドッキングが1個で済むのは楽ですね」と、有線接続ならではの利便性を語りました。

カラーバリエーションは「墨」「白」「雪」の3色展開で、価格は3万1900円(税込)。HYBRID Type-Sと比較して価格を抑えることで、最高峰の打鍵感をより多くの人に体験してもらうための戦略的なモデルと言えるでしょう。すでに複数台を所有しているHHKBファンに向けても、「後輩の人が欲しいと言ったら、このモデルを薦めていただければ」とアピールしていました。

有線接続の「HHKB Professional Classic Type-S」が発売されました。
有線接続の「HHKB Professional Classic Type-S」が発売されました。

本体だけでなく、カスタマイズの楽しみを広げるオプション品も充実しています。日本の伝統色を取り入れたカラーキートッププロジェクトでは、新たに「藤(ふじ)」色が加わり、既存の「山葵(わさび)」「蒲公英(たんぽぽ)」と合わせて彩り豊かなラインナップとなりました。

2025年3月には、高級皮革として名高い栃木レザーを使用した「HHKB栃木レザーデスクマット(ブラック)」も発売されました。さらに、HHKBとのパートナーシップが20年を迎えるバード電子からは、記念モデルとなる「シリコンタイピングベッド」が登場。HHKB Studio向けには、松葉製作所による木製キートップも紹介され、黒檀を使用した重厚感あふれる試作品も明かされるなど、オプションも充実しています。

11月には「藤」が発売されるなど、お洒落なカラーキートップが増えてきました。
11月には「藤」が発売されるなど、お洒落なカラーキートップが増えてきました。

今年は、なんとハードウェアだけにとどまらず、「ZOZOTOWN」との異色のコラボレーションが実現しました。「とうとうHHKBはファッションにまで手を出したか、というような感じなんですけれども」と山口氏が冗談めかして紹介したプロジェクトですが、会場スタッフが着用していたコラボTシャツからもわかるように、その仕上がりは本格的です。

単なるロゴ入りグッズではなく、ファッションアイテムとして成立するクオリティを目指しており、12月5日までの受注生産形式で販売されました。このコラボレーションは、後ほど紹介するエバンジェリストの一人であるZOZOの諸星氏の熱烈なHHKB愛がきっかけで実現したものであり、HHKBファンの熱意が形になった好例と言えるでしょう。

HHKB×ZOZOTOWNコラボアイテムが発売されます。
HHKB×ZOZOTOWNコラボアイテムが発売されます。

もう一つの注目パートナーシップは、コクヨとのコラボです。今回、8年の歳月をかけて開発され、12月に発売予定のオフィスチェア「ingCloud」が紹介されました。バネを使わず重力を利用し、体の動きに合わせて吸い付くように動く「纏う感覚」が最大の特徴です。「長時間にわたるデスクワークを快適にする」というHHKBと共通の理念で意気投合し、今回の連携が実現。「Dive in」をキーワードに、疲れ知らずで没入できる環境を提供するこの椅子は、集中力を高めたいユーザーにとって強力な味方となるでしょう。会場では実際に試座も行われ、皆さん座った感触に驚いていました。

新ワークチェア「ingCloud」とタイアップしました。
新ワークチェア「ingCloud」とタイアップしました。

また、SNS上でHHKBにまつわる面白投稿についても振り返りが行われました。特に笑いを誘ったのは、HHKBの公式TikTokアカウントのエピソードです。HHKBの認知拡大を目指してTikTokを開設したものの、しばらくして「偽アカウント」が出現。ところが、あろうことかその偽アカウントの方が公式よりもフォロワー数が多くなってしまったというのです。

「僕もこのフォロワー数が少ない方(実は公式)をPFU社内に「これ偽アカ出たやんけ」と言ってしまいました。皆さん、フォロワー数が多い方が公式、と思い込むのはやめていただければと思います笑」(山口氏)と、社内ですら混乱が起きたことを明かし、会場は爆笑に包まれました。

HHKBの偽アカが登場しているので皆さん注意してください。
HHKBの偽アカが登場しているので皆さん注意してください。

さらに、かつての廉価版モデル「HHKB Lite2」がリサイクルショップで5000円で売られていたという投稿に対する公式が「ぴえん」と反応した件も紹介されました。写真ではバルクで山積みになり、しかも「動作未検証」という状態で売られていました。しかし、実は当時の定価は5980円で、あまり安くなってないとツッコミが入りました。

バルクのたたき売りなのにあまり安くなっていないという投稿がありました。
バルクのたたき売りなのにあまり安くなっていないという投稿がありました。

HHKBの普及を支える重要な存在である「HHKBエバンジェリスト」にも、今年は新たに6名が就任しました。顔ぶれは多彩です。医療DXを推進するカケハシの技術広報である櫛井優介氏、LLMの研究で知られる「無職」の肩書きを持つナル先生、教育現場で生徒たちに本物の道具を触れさせている都立三鷹中等教育学校の能城茂雄氏、ULSコンサルティング株式会社 取締役会長 漆原茂氏、声優であり日本SF作家クラブ会長も務めた作家の池澤春菜氏、そして株式会社ZOZO 技術戦略部 諸星一行氏など、各界の第一線で活躍するプロフェッショナルたちが名を連ねています。

新たに6名が「HHKBエバンジェリスト」に就任しました。
新たに6名が「HHKBエバンジェリスト」に就任しました。
新たに6名が「HHKBエバンジェリスト」に就任しました。

振り返りの締めくくりに、「展望1個だけ、来年30周年なんです」と山口氏が語ると、会場からは期待のこもった拍手が湧き起こりました。具体的な内容はまだ明かせないとのことですが、30周年に向けた様々な企画が進行中だそうです。楽しみですね。

続くセッションの前に、飲み物が配られ乾杯となりました。乾杯の音頭をとった、おなじみチーフ・ドリンキング・オフィサー 松本秀樹氏からは、HHKBの生みの親である和田英一先生の近況も報告されました。

「たまたま先日、和田先生とメールでやり取りしました。お元気ですかと聞いたら、「まだなんとなく生きてます」と仰っていました。卓球や散歩をしたり、ブログを書いてるとのことで、まだまだお元気そうです。来年の30周年には絶対にこの場に連れていきたいと思っていますので、期待してください」と宣言しました。

2026年は30周年となり、色々な企画が進行中とのことです。
2026年は30周年となり、色々な企画が進行中とのことです。

また、松本氏からは組織体制の変更についても触れられました。10月1日から、HHKBに関する開発、企画、プロモーション、販売の全機能を統合した15人の新組織が発足したとのことです。HHKBビジネスをより迅速かつ強力に推進していくという強い覚悟が感じられました。

75万台という実績を通過点とし、新たな体制で30周年という記念すべき年を迎えるHHKB。変わらぬ打鍵感へのこだわりと、時代に合わせた柔軟な進化という両輪で走り続けるHHKBの未来に、これからも目が離せません。

HHKBEERを片手に乾杯の音頭をとる松本氏。
HHKBEERを片手に乾杯の音頭をとる松本氏。

■AI時代のプログラミングと人間の役割、そして「HHKB」の未来――清水亮×松尾公也×GOROmanが語る、キーボードと創造性の行方

1本目のスペシャルトークセッションのテーマは「AIによってプログラミングスタイルはどう変わるのか」で、登壇したのは、AI・ストラテジースペシャリストの清水亮氏、Webメディア記者でありAIクリエイターの松尾公也氏、そして「LLM無職」を自称するナル先生ことGOROman氏の3名です。司会はソフトウェアエンジニアの小山哲志氏が務めました。

冒頭、清水氏が「3年前に無職になりました」と自己紹介すれば、ナル先生も「今年無職になりました新参者です」と続き、会場は早くも和やかながらも核心を突いた空気に包まれました。彼らが言う「無職」とは、AIの進化によって従来の職能が劇的に変化し、既存の肩書きが意味をなさなくなった状況を逆説的に表現したものです。

AIの最前線にいる3名によるトークセッションが行われました。
AIの最前線にいる3名によるトークセッションが行われました。

最初のテーマとして投げかけられたのは、「今、人間がやるべき最小限の仕事とは何か」という問いでした。これに対し清水氏は、自身が毎日問いかけていることだと前置きした上で、「感動することだと思ってます」と語りました。AIが論理的な処理や生成を肩代わりする中で、人間は感動できる場所へ行き、体験し、人と会うこと、あるいはAIが提示した成果物に心を動かされる感受性を磨くことこそが、残された仕事ではないかというのです。

一方、ナル先生は技術的な視点から、ソフトウェアエンジニアAI「Devin」が登場したことで、「自分の仕事がどんどん変わっていくと考え、一旦僕は無職の道を選びました」(ナル先生)と語りました。かつて自らコーディングを行っていたレイヤーから、AIに指示を出し監督する上位レイヤーへと、人間の役割が不可逆的にシフトしているとのことです。

松尾氏は「好奇心」の重要性を説きました。自身が現在取り組んでいる、亡くなった奥様をAIで再現するプロジェクトを例に、興味を持ってAIに問いかけ続けることで、AI側から「とりちゃん(奥様)の声を再現するためにいい方法があります」と、人間が思いつかないような深いレベルの提案が返ってくることがあるそうです。AIからの提案を選び取る「キュレーション」もまた、今のところ人間が判断すべき領域ですが、それさえもいずれAIが担う可能性があるので、問いかけ続ける人間の重要性を強調しました。

印象的だったのは、教育現場での清水氏の実感です。今の若者と、キーボードやPCが特別な存在だった世代とでは、感動のポイントや前提知識が決定的に異なるそうです。

「なぜOSが動いてるか、というか、OSが存在しない時代も知らないわけですよ」と清水氏が言うように、ブラックボックス化した技術の上で生きる世代に対し、どのように技術の本質やキーボードへの回帰を促すかは、我々大人世代の課題と言えます。

人間がやるべきことは感動することだと清水氏。
人間がやるべきことは感動することだと清水氏。

議論は、入力インターフェースの未来へと進みます。「会話UIとキーボードの共存 どの仕事で何が速い?」というテーマでは、音声入力と物理キーボードの是非が白熱しました。ナル先生はメタ社のAIグラスを着用して登壇し、音声コマンドの可能性を示しつつも、現状では「音声入力の時って結構、誤差が大きい」(ナル先生)と、業務におけるキーボードの優位性を認めました。

プログラムの修正にはキーボードが早いという意見が出たところ、清水氏は、これを「間違ってますね」と一蹴します。プログラムの修正において、該当箇所を探して書き換えるよりも、「修正しろ」と音声で指示してAIに書き直させる方が、圧倒的に速く楽であるというのです。「人間プログラマー雇うよりもはるかに便利」(清水氏)という言葉は残酷な響きを持ちますが、AIが文脈を理解し、多少の言い間違いさえも補正してコードを生成してくれる現在、音声こそが最高のインターフェースになり得るという経験に裏打ちされた主張には説得力があります。

松尾氏はテレビ番組のナレーション生成で膨大なテキスト修正を行う際、音声入力とタイピングの切り替えのタイムラグを嫌い、やはりキーボードを活用しているとのことでした。

メタ社のAIグラスを活用するナル先生。
メタ社のAIグラスを活用するナル先生。

セッションの中盤、議論は「思考の楽器」としてのキーボードへと移りました。松尾氏は、キーボード(鍵盤)の歴史を引き合いに出し、現在のQWERTY配列や物理的なスイッチ機構が完成形ではない可能性を指摘しました。音楽用キーボードが打鍵の強さ(ベロシティ)で音色を変えるように、文字入力においてもアナログ的なニュアンスを取り入れられないかという提案も興味深いものでした。

清水氏も共感し、「HHKBに欲しいのはノブだね」と語りました。特に画像生成における言語指示(プロンプト)には限界があるとして、ノブやスライダーのようなアナログな操作系があれば、生成された画像を見ながら「もう少し赤く」「もう少し背を高く」といった微調整を、直感的かつリアルタイムに行えるようになると言うのです。

キーボードのスタイルもそろそろ変わっていい、と松尾氏。
キーボードのスタイルもそろそろ変わっていい、と松尾氏。

また、ナル先生が装着していたメタ社の筋電位バンドによるジェスチャー入力も紹介されました。指のわずかな動きを検知して文字入力を行うこの技術は、空間コンピューティング時代における入力の可能性を感じさせます。しかし、清水氏は「緊急用かな。声が出せない状態でSOSを送るくらいしか思いつかない」と冷静に分析しました。

セッションの締めくくりとして、登壇者それぞれの「AI活用法(AIの型)」が語られました。清水氏は、経営者だけを集めたハッカソンである「トップソン」の開催について語りました。プログラム経験のない社長たちが、AIを使って自身のビジョンを動くプロダクトとして実装することで、思考のデトックスを行い、本当に作りたかったものを明確にするという試みです。Geminiなど最新モデルは本当によくできているとのことで、仕様書を書くように指示するだけで、経営者の頭の中にある構想が具現化されるのです。

ナル先生は、行列ができる人気ハンバーグ店の待ち時間を可視化するアプリを、AIエージェントに作らせた事例を紹介しました。既存の使いにくいアプリやWebサイトをそのまま使うのではなく、AIがユーザーにとって最適なUIをその場で生成し、パーソナライズされたインターフェースで操作する未来。それは、アプリ開発という概念そのものを覆す可能性を秘めていると語りました。

「今は生成AIって言ってますけど、これからは生成UIになるんじゃないのかな」(ナル先生)

松尾氏は、AI搭載ブラウザ「Atlas」を活用した、シングル画面でのマルチタスク術を披露しました。Web閲覧とAIへの問い合わせを同一タブ内で完結させることで、思考の断絶を防ぎ、コンテキストを維持したまま作業効率を最大化させるという実践的なテクニックです。

「世の中からは本当キーボードが消えてくんですよ。キーボード使うやつなんて、もう生き残れないんです」と、清水氏はあえて極端な未来予測を口にしました。しかし、その言葉の裏には、大衆化するインターフェースとは一線を画し、HHKBのような「プロの道具」への愛着が込められており、「でも俺はHHKBを使い続けるから、これからも頑張ってくださいと」とエールを送りました。

AIがどれほど進化し、音声やジェスチャーが普及しようとも、思考を指先に託し、物理的な感触と共に世界を記述する行為の価値は、形を変えながらも残り続けるのかもしれません。

■「道具」から「自己表現」のアイテムへ。HHKB×ZOZOが切り拓くファッションテックの新たな挑戦

2本目のZOZOコラボ記念トークセッション「HHKB×FASHION TECHでひらく、創造性の扉」ではスピーカーに株式会社ZOZOの諸星一行氏とassu_氏、モデレーターに株式会社カケハシの櫛井優介氏が登壇し、エンジニア文化とファッションが融合した熱いトークが交わされました。

HHKB×ZOZOコラボ実現のストーリーとHHKB愛について盛り上がりました。
HHKB×ZOZOコラボ実現のストーリーとHHKB愛について盛り上がりました。

セッションは、登壇者たちの強烈な「HHKB愛」の披露から幕を開けました。ZOZOで今回のコラボ企画を主導したエンジニアの諸星氏は、今回「HHKBエバンジェリスト」となっており、自身のキーボードには「HHKB Evangelist」と刻印されたキートップを装着して登場。一方、「ZOZOエンジニアみんなの秘書」として活躍するassu_氏は、自身のテーマカラーである黄色のキートップを装着した「HHKB Professional HYBRID Type-S 雪」を持参し、その熱量の高さを窺わせました。

今回発表されたHHKB×ZOZOのコラボレーションアイテムは、アパレル5型とキャップ1型の全6型です。企画の発端は、HHKBのオウンドメディア「HHKB Life」での取材がきっかけでした。ZOZO社内には「キーボード」というSlackチャンネルが存在し、HHKB愛用者が多数在籍しているという土壌があったからこそ、この企画は走り出したのです。

デザインを担当したのは新卒3年目の若手デザイナーです。諸星氏が「リバイバル感がある」と評するように、どこか懐かしさを感じさせつつも現代的なグラフィックが特徴です。特に「LOVE. TEE」は、キーボードの配列から文字を切り出してZOZOが大切にする「LOVE」という言葉を形成しており、表裏に発泡プリントを施すことで独特の触り心地を楽しめる仕様になっています。また、グラフィック内の時計が指す「20時20分」は「2020(ZOZO)」を表していたり、ロングスリーブTシャツの袖口にHHKB特有の記号があしらわれていたりと、エンジニア心をくすぐるギミックが随所に散りばめられています。

キートッププロジェクトの製品は全部買っているという諸星氏。
キートッププロジェクトの製品は全部買っているという諸星氏。

assu_氏は以前、HHKBを「職人が使ってるような、プロフェッショナルなもの」と捉え、素人が手を出していいのか躊躇していたそうです。しかし、カラーキートッププロジェクトで自身のテーマカラーである黄色(たんぽぽ)が発売されたことを機に、「4、5年ぐらい封印してた気持ちを解放」して購入することになりました。

assu_氏は現在、キー配置を覚えた部分から順に無刻印の黄色いキーに差し替え、キーボードをたんぽぽ色で「満開」にすることを目指しています。彼女にとってHHKBは、単なる入力機器ではありません。「おしゃれをするための、個人を表せるようなもの。自分はこういう人だよっていうのを表せる」アイテムであり、ファッションにおけるアクセサリーに近い感覚だと語ります。

かつては打鍵感や合理性のみが追求されていたキーボードですが、カラー展開やカスタマイズの自由度が高まったことで、所有者のアイデンティティを表現するツールへと進化しているのです。この変化は、櫛井氏が指摘するように、2021年の「雪モデル」や、キートップの着せ替えが可能な「HHKB Studio」の登場によって、より広い層に受け入れられるようになった結果と言えるでしょう。

ZOZOはファッションテック企業なのでガジェットの親和性は高い、とassu_氏。
ZOZOはファッションテック企業なのでガジェットの親和性は高い、とassu_氏。

また、ファッション心理学の観点からもHHKBの魅力が語られました。assu_氏が紹介したのは「着衣認知論」という概念です。これは、服装が人の心理や行動に影響を与え、集中力やモチベーションを変化させるという理論です。例えば、スーツを着ると背筋が伸びたり、子供が速く走れる靴「瞬足」を履くと自分が最強になったように感じたりする現象がこれに当たります。

assu_氏はこれをキーボードに置き換え、「キーボードも毎日使うものであり、視界に入っているものだからこそ、モチベーションが上がるアイテムである」と語りました。毎日触る仕事道具がお気に入りの「ファッションアイテム」であることは、働く意欲や自己効力感を高める上で重要な意味を持つのです。

セッションの最後には、今後の展開についての妄想も飛び出しました。諸星氏は今回は実現できなかった「ジーンズ」や「ソックス」への意欲を見せ、assu_氏は大切なHHKBやカメラを包んで持ち運べる、おしゃれなファブリック素材の「ラップ(包み布)」を希望しました。

テクノロジーとファッションが交差することで生まれた今回のコラボレーションは、無機質なデバイスに「愛着」という新たな価値を吹き込み、ユーザーの創造性を刺激する扉を開いたと言えるでしょう。

■単なる入力機器を超えて自己表現のアイテムへと進化するHHKBの未来と30周年

毎年、参加しているミートアップですが、累計出荷台数75万台という数字には拍手を送りたいと思います。しかし、会場を包み込んでいたのは、実績への満足感ではなく、未来への期待と圧倒的な熱量でした。

今年も大熱狂のHHKBユーザーミートアップ。最後はLOVEポーズで締めくくり。
今年も大熱狂のHHKBユーザーミートアップ。最後はLOVEポーズで締めくくり。

AIの台頭で「書く」行為そのものが変容する中、HHKBは単なる入力機器という枠を超え、思考をドライブさせる「楽器」へ、そして自己表現のための「ファッション」へと、その存在意義を拡張し続けています。

最高の打鍵感を守りながら、時代に合わせて柔軟に変化するその姿は、まさにプロフェッショナルが愛する道具の理想形と言えるでしょう。来年はいよいよ30周年。HHKBが節目となる年にどんな驚きを用意してくれるのか。その進化の最前線を、熱狂的なHHKBユーザーの皆さんと共に追いかけられることが、今から楽しみです。

執筆者

柳谷 智宣

IT・ビジネス関連のライター。Windows 98が登場した頃からPCやネット、ガジェットの記事を書き始め、現在は主にビジネスシーンで活用されるSaaSの最先端を追いかけている。飲食店や酒販店も経営しており、経営者目線でITやDXを解説、紹介する。

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