「薄い財布」の社長にしてミニマリスト、
南和繁さんが「HHKBについて力説したいこと」とは?

南さんのプロフィール画像

「薄い財布」など数々のミニマルなアパレル雑貨を世に送り出しているブランド「abrAsus」を展開するバリューイノベーション株式会社の代表取締役/デザイナー、南和繁さんはHHKBのヘビーユーザーです。
南さんの仕事やライフスタイルとHHKBに共通する「ミニマル」をキーワードに、HHKBへの評価や独自のミニマリズム論を聞きました。

南さんの会社「バリューイノベーション」は全社員がHHKBユーザーだった!

南和繁さんは、名作「薄い財布」を皮切りに、「保存するメモ帳」「ひらくPCバッグ」「いざというときのジャケット」など、ユニークでミニマルなアパレル雑貨を次々とリリースし、今やミニマリスト御用達のブランドと称される「abrAsus」の生みの親です。

https://superclassic.jp/

近年は「abrAsus」に加えて飲食店やホテルの経営と事業の幅を広げている南さんにとって、昔から愛用するHHKBは仕事を進める上でも重要なアイテムになっているようです。
現在はマレーシアに居住する南さんにリモートで詳しいお話をうかがいましょう。まずはHHKBとの馴れ初めから。

南さんとバリューイノベーションの社員さんが打合せしている様子
南さん(左)は現在、自宅のあるマレーシアと会社のある日本とを頻繁に行き来して仕事をこなしている。

「HHKBを知ったのは、アメリカで学生時代を過ごしてから帰国し、最初の会社に就職した頃のことです。これには前段があって、話はアメリカのカレッジに通っていた学生時代に遡ります。
当時僕はWebプログラミングを趣味にしていたので、ノートPCよりデスクトップPCを使う機会が多かったんですね。それでキーボードの打ち心地にもこだわるようになり、そこそこスペックの高いキーボードを買って使っていました」

「ところが、日本で会社員として働き始めてみたら、会社から支給されたPCは僕個人のPCよりもだいぶダウングレードされてるし、キーボードもすごい安物だしで、めっちゃショックを受けたんですよ。
そういう機器を使っていること自体が僕にとってのコンプレックスになりましたし、PCやキーボードは価格の差が性能や使い心地にすごく出るということも身に沁みてわかったんですよね」

コンプレックスを抱えて仕事をしていた南さんは、数年してマネジメントを任される地位についたとき、うっぷんを晴らすかのように会社のPCやキーボードをグレードアップさせたそうです。

「PCショップに問い合わせて実際に見に行き、いくつかのハイグレードなキーボードを試しました。その中の一つがHHKBです」

そのとき導入したのは当時存在した入門用モデル「HHKB Lite」だったそうですが、それでもPC付属のキーボードと比べればはるかに入力しやすく、仕事の効率が大きく向上したといいます。

「当時は会社支給のノートPCも持っていましたが、報告書などをがっつり書くのはやっぱり社内。
出先でちょこちょこ書くより、帰社してからバーッとやるほうが早いんですよ。そのときの効率が、キーボードによって全然変わってくるんです」

「今、多くの皆さんは仕事中のほとんどの時間をPCの前でキーボードを触りながら過ごしているはずです。
それだけ長い時間触るものなら、効率よく仕事ができて、使い心地のよいものを選ぶべきだと思うんですよ。
それにキーボードは、HHKBのようにすごくよいものを買ったとしてもそれほど高価ではないし、一度買えば相当な年数を使い続けるわけです。つまり費用対高価がめちゃめちゃ高いんですよ」

そうした観点から、よいキーボードを選ぶことの重要性を南さんが説いた結果、当時の会社では入力しやすいキーボードを選ぶことが当たり前になったそうです。
そして今、南さんの会社「バリューイノベーション」では……。

「僕自身はもちろんのこと、全社員がHHKBを使っています。というより、僕が社長として全社員に『HHKBを使うべし』と指示している形です。
機種は僕用を含めて、すべて『HHKB Professional Hybrid Type-S』の墨モデルです」

バリューイノベーションの社員さんがHHKBの無刻印を使用して仕事をしている様子
バリューイノベーション社内のキーボードはすべて「HHKB Professional Hybrid Type-S」の「墨」モデル。社員がタッチタイピングを身につけられるように無刻印(英語配列)を選択している。

「当社のHHKBはすべて無刻印の英語配列です。無刻印にしているのはタッチタイピングできるようになってもらうため。 うちの社員は全員、ある程度PCを使いこなせますが、入社時点でタッチタイピングができる人はほぼゼロです。
キーボードをチラチラ見ながら打っている。
でも、たとえばバスケットボールの選手がプレイ中にいちいちボールを見るでしょうか。見ませんよね。それがスキルというものです」

「タッチタイピングも同じで、キーを見ることなく打つスキルを身につけると、効率は絶対に上がります。
そこで無刻印です。キーをチラチラ見たところで何も書いてないから、見る意味がない。
タッチタイピングを身につけるための最良の仕様です」

タッチタイピングは南さんの経験上、15分程度の練習を一日数回続けていれば、数週間で上達するとのこと。では、英語配列にはどのような意味があるのでしょうか。

「学生時代にアメリカでキーボードを買ったら当然ですが英語配列で、『Return』が近くて打ちやすいなと思ったんですよ。 日本語配列の『Enter』と比べると、キーがホームポジションに少し近いんですよね。
つまり右手の小指とキーが近いので、日本語配列ほど動かさなくてもいい。
配列に関しては『慣れ』の問題が大きいかもしれませんが、社内のキーボードが全部同じなら誰でも触ることができますから、その点では効率化の一環でもありますね」

HHKBの日本語配列と英語配列の「Enter」「Return」キー位置の比較
左が日本語配列、右が英語配列。日本語配列の「Enter」キーよりも英語配列の「Return」キーのほうが中央に近く、楽に指が届く。

それにしても、自社のキーボードをすべてHHKBにするというのは、かなりの徹底ぶりといえるのではないでしょうか。

「でも、繰り返しになりますが、一日に何時間も触るキーボードにこだわるのは当然だと思います。しかもHHKBは3万円台で買えて、費用対効果がすごく高い。これは本当に何度でも力説したいですね」

本当に興味があるのは物ではなく「効率や時間のミニマリズム」

合理性を追求する南さんの考え方は、いつ頃、どのようにして芽生えたのでしょうか。

「もう本当に若いときから、ごく自然にそういう考え方をしていましたね。僕は物に執着がないというか、物を持つこと自体があまり好きじゃない。
でもその反面、けっこう物を買うんです。物をたくさん買って、たくさん試すんですよ。その点で、一般的なミニマリストとはちょっと違うところがあるのかもしれません」

「ただし、買って試したものはどんどん手放します。自分に合わないと思った物はどんどん減らしていくんです。
それに、物をたくさん持っていると探し出すのに時間がかかるじゃないですか。僕は物を探すことの非効率が大嫌いなんですよね」

物に執着がないのに物をたくさん買い、でも手元に残すものは少数。物が自分に何を与えてくれるか見極めつつ、ベターな物を求め続けているイメージでしょうか。

「そうですね。僕はミニマルな物、オーバースペックではない物を作っていますが、ミニマリズムの対象として興味があるのは、むしろ効率や時短です。
HHKBも、効率や時短を飛躍的に向上させるツールだからこそ、ここまで愛用しているんですよね」

では、折しも発売されたばかり(インタビューは2022年11月)の「HHKB Professional HYBRID Type-S 雪」について、南さんはどのような感想をお持ちでしょうか。

「キーの印字が中央になっているのがめちゃくちゃいいと思います。キーを見ながら打つ場合、印字が真ん中にあったほうが速く、ミスもなく押せると思うんですよ」

HHKB Professional HYBRID Type-S
「雪」モデルはキーの印字が中央にある。

さすが南さん、色よりも先に効率に関わる要素をピックアップしてくれました。では、『雪』の純白についてはどのようにお考えでしょうか。

「僕自身はカラーバリエーションの一つとして見ていますが、当社の実店舗『SUPER CLASSIC』でHHKBを実際に触ってもらうと、白いモデルに興味を示す人が意外と多いんですよ。
ですから『雪』を好きになる人もきっと多いのではないでしょうか」

「色と機能という観点でいえば、白は間違いなく油汚れや指紋の跡が目立ちにくい。うちの会社のHHKBはすべて墨なので、『からあげクン』を食べたあとではそのまま触れないなと(笑)。
それに、キーの視認性は黒よりはるかに高いと思いますね」

物を「色と機能の関係」という観点から評価するのは新鮮で、興味深いお話です。

「たとえば『abrAsus』のバッグにも取り入れている、中の物を見つけやすくするために内張りを赤や水色などにする手法のように、色には機能の関連が少なからずあると思います。
僕はカバンの中に入れる物も、見つけやすさを考慮して白にすることが多いですね。ただ僕は旅が多くて、白い物はホテルのベッドに置き忘れてしまいがちなんですよ。
シーツが白だから。特に白いTシャツはこれまでにけっこう置き忘れてます(笑)。要するに、色はコントラストをつけたほうがよいということですよね」

この「機能寄り」の感覚が、南さんを南さんたらしめている重要ポイントでしょう。

「そうかもしれません。機能を重視して物を選ぶと、ちゃんとした理由に基づいて買うから、自分の中での納得感もあるんですよね」

南さんが究極的に目指すのもの――それは「プロセスを楽しむこと」

では、南さんが物を選ぶときに最も重要視するのは機能といってよいのでしょうか。

「実は、いちばん重要だと思っているのは物自体ではなく、物を選ぶときの“プロセス”です。
お店で食事をするときも、お店の人に『このエビは石川県で獲れました』と説明してもらって食べるエビと、ただ出されて食べるエビでは、同じエビでも味が違うと思うんですよね。僕の言うプロセスは、たとえばそういうことです」

なるほど、先のお話にあった「たくさん試してたくさん手放す」の中にある「試すプロセス」は、南さんにとって「楽しい」ものでもあるわけですね。

「そうなんですよ。機能の追求も、僕にとってはレジャーです。限られた人生ですから、自分が楽しいと思えることをしたい。だからプロセスを大事にしたいんです」

「HHKBにしても、『abrAsus』の商品を販売する『SUPER CLASSIC』の実店舗がHHKBの『タッチ&トライスポット』になっているので、実際に触って、違いを感じ取ってほしい。
そのプロセスはすごく楽しいだろうし、そうして選んだキーボードを購入していただけるなら、時間をかけて選んだもので仕事をしているという満足感も味わってもらえますよね。人生の満足度はプロセスにかかっていると僕は思います」

南さんの店「SUPER CLASSIC」の店内
南さんの店「SUPER CLASSIC」はHHKBの「タッチ&トライスポット」でもある。HHKBを実際に触って試すことができる。

物には効率を、人生には楽しみを。ユニークなミニマリスト・南さんの全体像がようやく見えてきたところで約束の時間が来ました。
終わりに「abrAsus」の商品から、HHKBと共通するところが大きいと南さんが思うものを選んでもらいましょう。

「やっぱり『薄い財布』『小さい財布』ですね。なぜかというと、HHKBもうちの財布も、イノベーションしにくいものをイノベーションしたから。 財布もキーボードも、普通に考えたら変えようがない。
そこをイノベーションしたからこそ、多くの人が支持しているわけです」

「それに、おそらくHHKBはマイナーチェンジを繰り返してきていると思うんですよ。うちの財布も細かいマイナーチェンジを何度も重ねています。
つまり、HHKBもうちの財布もプロセスを踏んで今がある。そういうところもよく似ていると思います」

なお、南さんの仕事哲学を詰め込んだ書籍『ミニマリスト仕事術』(大和出版)が2022年1月に刊行され、好評を得ています。 南さんの流儀に興味を持った人は、ぜひご一読を。
南さん、ご多忙な中でのリモート取材ご協力、ありがとうございました。

[プロフィール]

南さんプロフィール写真

abrAsusデザイナー 南 和繁

執筆者

石川光則(柏木光大郎)

編集者、株式会社ヒトリシャ代表。高畑正幸著『究極の文房具カタログ』やブング・ジャム著『筆箱採集帳』の編集、ANA機内誌『翼の王国』の編集執筆など、出版物やwebを中心に活動。
編著に『#どれだけのミスをしたかを競うミス日本コンテスト』(KADOKAWA)がある。

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