高精度の加工技術でクールな木製品を生み出す松葉製作所。
亀甲名栗仕上げのパームレストに続く新製品は?

松葉製作所の副代表

HHKBのオプションが数ある中で特に異彩を放つ「亀甲名栗 木製パームレスト&キーボードルーフ」。その成り立ちから、魅力の源泉である技術力、新製品の予定まで、製造元「松葉製作所」(広島県府中市)の副代表、松葉寛和さんにうかがいました。

いとこのリクエストと匿名のメールが転機になった

――広島県府中市は木工が盛んで家具の名産地として知られていますが、松葉製作所が手がけてこられたのは家具ではなく工業製品用の木型の製作とうかがっています。木型とはどのようなものでしょうか。

松葉さん 自動車のエンジン部品やトランスミッション部品などを量産するときに使う、鋳物用の木型です。製品の形を先に木で作り、そのまわりに特殊な砂を置いていきます。砂が固まってから木型を抜くと製品の形の空間ができるので、そこに溶けた鉄を流し込んで製品にします。銅鐸を作るのと同じ、原始的な方法です。

過去に制作した木型
この古い写真に写っているのは工作機械の「旋盤」を木で作った模型。技術松葉製作所の技術の高さがわかります

――自動車部品のように複雑な形を木で作るのには高い技術が必要ですね。

松葉さん 工業製品用の木型は精度が0.01ミリ単位と、家具よりも一桁高くなります。今は3Dプリンターでも型を作れるようになり、当社も新規製作よりメンテナンスの仕事がメインになっていますが、以前に手がけた木型の中にはどうやって作ったのかわからないくらい複雑なものもあります。

HHKB用「亀甲名栗 木製パームレスト&キーボードルーフ」などのオリジナル木製品は、このアナログな精密加工技術を活かして、他社には作れない精度で仕上げることを旨としています。

亀甲名栗 木製パームレスト&キーボードルーフとHHKB
亀甲名栗 木製パームレスト&キーボードルーフ(税込価格36,300円)

――意外なことに、寛和さんは大学卒業後すぐに松葉製作所を継いだわけではなく、システムエンジニアを経験してから実家に戻られたのですね。

松葉さん そうなんです。父親が2代目として松葉製作所を運営していましたが、私は新卒で大阪のシステム会社に入社して、証券会社のシステムを組んでいました。ただ、小さい頃から家を継ぐようにと刷り込まれていたので、10年ほどで辞めて地元に帰ることにしました。

ところが、帰ると決めてから実際に帰るまでの間にリーマンショックが発生して、当時まだたくさんあった木型の仕事が激減してしまったんですね。それで帰ったものの自分の仕事がないという状況になり、まずいなと。そこで、木型ではないものを作るブランドを新たに立ち上げようと、オリジナル木製品を作り始めました。

――最初に何を作ったのでしょう。

松葉さん ステープラーやテープカッターなどの文房具です。ところが、それなりによいものはできたのですが、かなり高額になってしまいました。いとこがやっているオーダー家具店に並べてもらったら少しは売れましたが、やはり1万円のテープカッターを買う人は多くないし、ちょっと事業にはできないかなという結果でした。

そこに、いとこから「iPhoneのケースを木で作ってほしい」というリクエストがあったんですよ。けっこう無茶振りでしたが、時間だけはあるのでプロトタイプを作ってみることにしました。iPhone4の頃ですね。そのとき、直線ばかりのケースだと手に持ったとき滑って飛んでいってしまうので、少しカーブをつけてくびれた形状にしてみたところ、すごくきれいにできて、これはいけるんじゃないかと。

iPhoneSE3のケース
「木製iPhoneケース」の一例。現在は受注生産です。

――商品として販売もされたのですね。

松葉さん はい、ちょうど盛り上がり始めたSNSで宣伝したら注目を浴びて、ぜひ売ってほしいという声がたくさんあったので。それからしばらくは木のiPhoneケース専門ブランドのような形で製造販売を続け、iPhoneケースの展示会にも毎年出展していました。その展示会では、出展者だったPFUと知り合い、今に続く縁ができました。

――いとこの方のリクエストは天の声のようなものだったのですね。

松葉さん そうですね。あれは本当に大きな転機になりました。ところが、数年経つとiPhoneの新機種が出るサイクルが早くなって、ケース自体が以前ほど売れなくなりました。それに種類が多すぎて追いかけることも難しくなったので、ケースの製作はiPhone 11用が最後になりました。そこにやってきたのがコロナ禍です。

――大きな影響があったのでしょうか。

松葉さん 本業である木型の仕事が止まってしまったんですよ。売上ゼロの月もありました。これは何とかしないといけないと思い、クラウドファンディングで「AirPods Pro木製ケース」を作ります、100万円集まらなかったら工場を畳んで転職しますと言いました。完全に背水の陣で実際に転職活動もしましたが、幸い250万円が集まったので、一息ついて「AirPods Pro木製ケース」の製作に取りかかりました。そのとき、クラファンのメッセージで匿名の方から「HHKB用のルーフにもなってパームレストにもなるものを、ぜひ木で作ってほしい」という連絡をいただいたんです。

――「天の声、再び」という感じですね。

松葉さん ええ、本当に。匿名だったので今もどなたかわからないのですが。とてもよいアイデアだったので実現させようと思い、どうすればバード電子さんがお作りになっているパームレストとは違うものにできるだろうかと考えた結果、思いついたのが名栗加工でした。

「亀甲名栗 木製パームレスト&キーボードルーフ」は技術の結晶

――「亀甲名栗 木製パームレスト&キーボードルーフ」(以下、パームレスト)の表面に施されているのが、ノミで削って亀甲型のくぼみを入れる名栗加工ですね。この加工はお父様に依頼しているとか。

松葉さん 父親は本業のかたわら婚礼ダンスに彫刻を入れる仕事もしてきたので、「これ彫れる?」と試してもらいました。そうしたら美しく彫れて、仕上げにオイルを塗ると、見る角度によって輝き方が変わってとてもきれいでした。あとはユーザーの方が手を動かしたときにくぼみを気にするか、それがよいと感じるかが勝負だなと。そこでPFUに話を持っていき、実際に使ってもらったところ、幸い「気持ちよい」と言ってくれたので、やりましょうということになりました。

ノミで削る名栗加工
父・正義さんによる名栗加工。浅いくぼみをノミで一つずつ彫っていきます。

――お父様はどのような反応を示されましたか。

松葉さん 最初「これは何?」と言っていましたが、とにかく加工するのが好きで、本業が暇なときはずっと椅子やテーブルを作っているような人ですから、それはもう協力的でした。名栗加工の亀甲は今、発売当時よりもノミの跡を小さくしているので、手を置いたときにより気持ちよく感じられると思います。

――アップデートしているのですね。パームレスト開発時は実際にHHKBと組み合わせてサイズなどを調整したのでしょうか。

松葉さん そうです。手前に4度の角度をつけたり、ちょっとアールをつけて手のひらが引っかからないようにしたりと、いろいろ試行錯誤しました。なお、当製作所の製品にアールを多用したものが多いのは、木型の角が砂からきれいに抜けるよう正確なアールを出す技術をもともと持っており、それを活かしているからです。

アール加工
パームレスト手前になだらかなアールをつける工程。松葉製作所ではより小さく細かいアール加工にも対応します。

――このパームレストは一枚板をくり抜いているのではなく、天板と脚部を別々に作ってから組み合わせているのですね。木の反りを防ぐためでしょうか。

松葉さん そうです。「木が反ると」書いて「板」というくらいなので、木はどうやっても最終的には必ず反ります。木材を十分に乾かしても、小さくカットすると木がバランスを保とうとして動き、反りが出ます。常に苦労していますが、木型製作には反りに対応するためのノウハウがいろいろありますから、それらを応用して作っています。

たとえばパームレストでは、板を薄くするときに少し削っては反りを出し、それからまた削るということを繰り返したり、組み合わせ部分にくぼみをつけて反りが出にくくしたりしています。接着剤には木型用の瞬間接着剤を使用しています。

接着前の脚部と天板
接着前の脚部と天板。反りを最小限に留めるための構造です。

――寛和さんご自身は、パームレストの開発が決まってからHHKBを使い始めたのでしょうか。

松葉さん はい。ユーザーとしては遅いほうですが、今ではHHKBとREALFORCEの両方を使っています。私はMacユーザーですが、システムエンジニア時代には仕事でワークステーションを使うことが多く、キーが比較的しっかりしたキーボードに慣れていました。私としてはMacの薄いキーボードよりも昔のキーボードの感触が好きだったので、共通するところのあるHHKBとREALFORCEをすっかり気に入ってしまいました。

松葉さんが使用するキーボード
寛和さん愛用のHHKB(手前)とREALFORCE。

異質なものと組み合わせることで、木製品はもっとかっこよくなる

――オリジナル木製品のデザインコンセプトは、実家に戻ってブランドを立ち上げた当初からあったのでしょうか。

松葉さん 帰ってきてすぐの頃、物を挟んで締めておくためのクランプという工具を見て、締めるところが鉄で握るところが木という組み合わせがすごくかっこよく感じられました。そこから、木は単体で使うより、鉄や工業製品と組み合わせることでさらにかっこよくなるとわかってきて、それが木のiPhoneケースなどにつながっていきました。

鉄と木でつくられたクランプ
「木+異質なもの」を発想するきっかけとなったクランプ。

――木だけの加工や造形を突き詰めていくと、もしかしたら「昔からある『こけし』を超えられない」といった状況になるかもしれないけれど、まったく異質なものと組み合わせるとマッチングの妙のようなものが生まれ、可能性やアイデアが広がっていくということですね。

松葉さん まさにその通りです。よく「木のぬくもり」といいますが、それだけではない、何か違うものにしたいという思いがありました。

――それを作るためのツールが製作所に古くからある機械などであるという点も、またクールですね。

松葉さん 私より年上の機械がたくさんあります。私は畑違いのところから来たので、普通とは違う機械の使い方をするような面があるようです。ただ、ノミやカンナは長年の経験が必要ですので、製作所の古参職人や父親にアドバイスをもらいながらやっています。

――税込3万6300円のパームレストが人気を博しているのは、HHKBに「こだわり」を大切にするユーザーが多い証でもあると思います。「こだわり」の感じられるリクエストも多いのではないでしょうか。

松葉さん ありますね。HHKBの「雪」モデルに合わせて白っぽい色の木で作ってほしい、パームレストを2分割してほしいといったリクエストをよくいただきます。このうち2分割パームレストは需要が大きいと考えており、実現させる予定です。

――左右の手をそれぞれ乗せられる小さめのパームレストが2枚1組になっているということですね。この場合、ルーフ機能は割愛することになるのでしょうか。また、表面には亀甲名栗仕上げが施されるのでしょうか。

松葉さん はい、一枚板で作る2枚1組のパームレスト専用品です。亀甲名栗仕上げも施します。

ペントレーの試作品
「HHKBキャンペーン」の賞品、松葉製作所「木製ペントレー」の試作。

――ところで、このたび「HHKBキャンペーン」(対象購入期間:2023年7月24日まで)の賞品として「木製ペントレー」をご提供いただくことになりました。松葉製作所らしい、きれいな形のペントレーですね。もともとある製品の一つでしょうか。

松葉さん レギュラー製品ではなく今回限りのものです。実はこれ、2023年5月のG7広島サミット(第49回先進国首脳会議)で使われるかもしれなかったペントレーなんですよ。そういうお話をいただいて試作したものの、結局ペントレー自体が不要になったためお蔵入りになるところでしたが、キャンペーンのお話をいただき、HHKB用に限定で製作しました。

――各国の首脳が使っていたかもしれないペントレーなのですね。素晴らしい出来なので、新しいパームレストもますます楽しみになってきました。本日はありがとうございました。

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