HHKBで「尊師スタイル」をどこでも実現する新アクセサリー
「Typesticks(タイプスティックス)」の開発秘話を公開!

2023年8月2日、HHKBに対応した新しいアクセサリー「Typesticks(タイプスティックス)」が加わります。「タイプスティックス」は、HHKBをノートPC本体のキーボードの上に載せて使う、いわゆる「尊師スタイル」の必需品。確かな合成とグリップ力でHHKBを固定しつつも、どこでも持ち運べるコンパクトさを実現しています。このガジェットをデザインしたファーイーストガジェットのお二人(白川勝悟さん・竹内優さん)と、発案者であるYouTuber・ブロガー・コンテンツプランナーのトバログ(鳥羽恒彰)さんを交えて、開発秘話をうかがいました。

Macを無刻印化する「ブラックアウトステッカー」のメーカーがHHKBアクセサリーに参入

この白い物体が「タイプスティックス」(写真は2本セットの1本)。シンプルでありながら創意と工夫に満ちた、「尊師スタイル」ユーザーの必須アイテムです。

――ファーイーストガジェットは見る者をハッとさせ、「この手があったか」と膝を打たせるようなデザインやプロダクトを世に送り出しています。そのコンセプトとスピリットについてお聞かせください。

竹内さん ファーイーストガジェットはプロダクトデザイン担当の白川勝悟と、コミュニケーションデザイン担当の竹内優から成るチームで、二つの顔を持っています。一つは企業の委託を受けて製品をデザインするデザイン事務所としての顔、もう一つがデジタル周辺のオリジナルプロダクトをデザイン・製造・販売するメーカーとしての顔です。日常、デザイン事務所としては白川の個人事業で、オリジナルプロダクトを作るときにファーイーストガジェットは二人のプロジェクトになります。

――常時お二人で仕事を進めているわけではないのですね。

竹内さん はい。実は会社組織でもなく、音楽にたとえれば “インディーズバンド”のようなものです。白川と私は小学校以来の付き合いで、二人ともモノに対する熱量も高く、二人のスキルを掛け合わせておもしろい表現を世に問うための場所としてプロダクトデザインを選び、活動を共にしています。プロダクトを作るのも、私たちにとってはちょうど「1曲を仕上げる」ような感覚といいますか。

ファーイーストガジェットの白川勝悟さん(左)と竹内優さん。

――ファーイーストガジェットの代表的なプロダクトをいくつか挙げるとすれば?

竹内さん まず「Blackout sticker(ブラックアウトステッカー)」です。これは今回の「Typesticks(タイプスティックス)」へと発展する、トバログさんとの出会いのきっかけにもなったプロダクトです。

Macなどのキーボードを無刻印状態にする「ブラックアウトステッカー」。左が“手がかり”付きのスタンダードモデル、右がスクエアなプロモデル

――MacBookなどのキーに貼ることで、HHKBの無刻印モデルのようにキートップに文字のないキーボードに変身させられる黒いステッカーですね。トバログさんは以前からのユーザーでしたね。

トバログさん はい。ファーイーストガジェットさんと知り合う前からこのステッカーを使っていて、何かのイベントで初めてお会いしたときに僕のほうから「使ってますよ」と声をかけたような記憶があります。

「タイプスティックス」の発案者、YouTuber・ブロガー・コンテンツプランナーのトバログさん。HHKBのヘビーユーザーでもあります。

竹内さん 「ブラックアウトステッカー」はトバログさんにも発見していただけるような、よいプロダクトになりました。この製品は数年かけて進化もしていて、現在はタッチしたときの感触で何のキーかわかる、ステッカーのデザインにタイポグラフィを取り入れたタイプをスタンダードモデル、当初からのスクエアなタイプをプロモデルとして販売しています。

白川さん ステッカーの形をキーごとに変えるというアイデアは、完全に無刻印だとパスワードを打つときに緊張するという話を開いて、何か“手がかり”があれば触ったときにわかるのではないかと考えたところから始まりました。それがどんどん発展していき、いろいろ細かい調整を加えた結果、文字のシルエットを模した、実に絶妙な塩梅のステッカーが完成しました。

竹内さん もう1点、紹介したいプロダクトが「DESK, Anywhere(デスクエニウェア)」です。これは2021年に販売を開始しました。

在宅ワークに活用したいミニマルなワークデスク「デスクエニウェア」。

――在宅ワークで活用できるということですね。

竹内さん そうです。僕自身がコロナ禍で在宅を強いられ、スペースのない状態で仕事をしなければならなかったこともあり、白川と二人で「デスクワークが完結する最小限の場所を家に作れないだろうか」と相談したことから誕生したプロダクトです。ひと言で説明するなら、持ち運べるミニマルなワークデスクです。既存のツールでは考慮されていなかった、仕事が終わってからの「しまい方」や佇まいまでを考えたことなどが評価された結果、クラウドファンディングで支持をいただくことができました。

――膝に載せる極小のデスクでありながら、天板などの素材は本格的なデスクと変わらないのですね。

白川さん はい。機能だけならラミネート天板でもかまわないのですが、道具は質感も大切だと考えているので、天板は表面が天然木のテクスチャーであるシナ合板を使っています。それ以外の部分も、生地は椅子張り用、ハンドルは栃木レザーとこだわっています。

竹内さん 重要視したのは「家具をデザインする」ということでした。たとえば、家に置くからには使用者一人だけの問題ではなく、これが家にあることを同居の家族が許せるか許せないかという観点もあります。「デスクエニウェア」は「暮らしに徹底的になじむ」を追求したプロダクトでもあります。

硬質プラスチックとシリコンラバーとマグネット。高い質感を持つデスクワーク用の“箸”が完成

――開発力のあるファーイーストガジェットのお二人が「タイプスティックス」をどのように完成させたのか、その経緯をうかがいます。プロダクトの原案はトバログさんによるものだとか。

竹内さん そうです。昨年(2022年)の夏、鳥羽さんに声をかけていただきました。ちょうど、いつもは愛知県にいる白川が東京に出張してきたときのことです。

トバログさん 僕のほうから「ファーイーストガジェットさんなら作れるんじゃないかと思うものがあるんですけど……」くらいの感じで相談を持ちかけました。

事の次第を最初から話すと、僕は一昨年くらいからさまざまな方とプロダクトの開発に携わるようにもなって、デジタル上のコンテンツでモノをレビューするだけの立場から、モノを作る立場にもなったため、頭の切り換えができるようになったんですね。欲しいけれど世の中に存在しないものは自分で作ればいいんだと。それで自分が「あったらいいな」と思うもののアイデアを、日頃スケッチしていたんですよ。その中に「タイプスティックス」の原案がありました。

モノを作る側の視点も得たトバログさんは、「存在していないけれど欲しいもの」を積極的にスケッチするようになりました。その中に「タイプスティックス」の原案もありました。

――HHKBをMacBookなどノートPCの上に載せる、いわゆる「尊師スタイル」のときに試用する脚というアイデアですね。

トバログさん そうです。僕は最近、仕事でWindowsのPCを使うようになったのですが、僕のWindows PCだと本体のキーボード上にHHKBをポンと載せるだけでは「尊師スタイル」ができないんですよ。PCのキーボード面が大きくてサイズが合わないから。そこで、PCのキーの間にあるアイソレーション部分に置ける脚を作れないかなと考えました。当初スケッチしたのは、小さな脚を4個くらい置く形のものです。これならキーボードのサイズによる制限がなくなるだろうと考えたのと、コンパクトで持ち歩きやすいものにしたかったからです。

トパログさんのWindows PCは本体のキーボード面が広くHHKBを上に置きにくいという問題があり、それが「タイプスティックス」発案のきっかけになりました。

トバログさん ただ、本当にこういうものが製品になるのかどうか僕にはわかりませんでした。そこで、ファーイーストガジェットのお二人が東京で揃うタイミングで「お話をするなら今だ」と。

竹内さん あのときトバログさんは「大して売れないとは思うんですけど……作りたいものがあるんです」とおっしゃっていましたね(笑)。

――でも「尊師スタイル」で仕事などをする人はHHKBユーザーにも多いでしょうから、需要はかなりありそうです。

トバログさん そうなんですよ。さらにいえば、最近はHHKBに限らずゲーミングキーボードなどをファッション感覚で選ぶ人も増えて、キーボードにこだわるユーザーの層自体が厚くなっているように感じています。そういう人たちもお気に入りのキーボードを仕事用のPCに組み合わせて使ってもらえるようになったらいいな、という思いもありました。

――トバログさんのアイデアを聞いて、ファーイーストガジェットのお二人はどのように反応されたのでしょうか。

白川さん すごくエッジが効いてるけど、他のメーカーはうかつに手を出さないアイデアでもあると思いました。だから、あえてその場で「やりましょう」と即決しました。そのあたりは“インディーズバンド”ならでは身の軽さといいますか(笑)。

――トバログさんのスケッチを、どのようにプロダクトとして詰めていったのでしょう。

白川さん 当初イメージされていた小さい脚を4個置く方式の場合、セットするときに手間取ったり、しまうときにジャラジャラしてカバンの中に飛び散ったりする可能性があるのではないかと、その場で話しました。それでもう少し形状を工夫することにし、脚2本から成る「タイプスティックス」の原型を10日間くらいで作りました。

「タイプスティックス」完成までの道のり。上左はトバログさんの原案に忠実な脚4個のプロトタイプ、上右は脚2本のプロトタイプ。下左は木製プロト(後述)、下右が完成品。

トバログさん 僕の中には4個という縛りがあったので、白川さんからプロトタイプを送ってもらったときに目から鱗が落ちたというか、「視点の違いでこうなるのか」という驚きがありました。2本にしても、たわんでキーボードが落ちるようなこともなく、これはいいなと思いました。一人でやっていたら絶対にたどり着かないようなところに導いてくれて、そこが本当におもしろかったですね。

――基本的な形状や構造が決まれば、次は素材やディテールの検討でしょうか。

白川さん そうですね。特に「タイプスティックス」の場合、素材がすごく重要な課題でした。

竹内さん 実は当初、我々は木材で作ろうと考えたんですね。ところが木製のプロトタイプをトバログさんに送ったとき、「いや、このガジェットの素材は木じゃない」という、すごく明快なお返事をいただきました。つまり、「暮らしに馴染む」というようなところを重視すると木などの天然素材を選びがちですが、「タイプスティックス」のユーザーになる方々はHHKBやゲーミングキーボードなどをお使いですから、もっとハードなイメージが必要であると。そこで素材を木から硬質プラスチックへと方向転換しました。

白川さん しかし、そうすると今度は、初動のコストは跳ね上がるし、油断するとチープに見えてしまいかねないという問題が新たに発生することにもなります。ですから機能はもちろんのこと、質感という点でもかなりの工夫が必要でした。

木製のプロトタイプ。魅力的な素材ではありますが、トバログさんが求めていたのはよりハードなイメージの素材でした。

白川さん まず機能面で最も重要だったのは、上下のキーボードをしっかり支えるためのグリップ力です。この点で、硬質プラスチック案とは別に全体をラバーにするという案もあり、ラバーの硬度サンプルを購入していろいろ試しました。ところが硬すぎるとキーボードが滑り、軟らかいとたわむという問題があったため、ラバーだけだと難しいことがわかりました。

こうした試作と検証を何度も行って絞り込み、最終的には硬質プラスチックの上にシリコンラバーを貼り付ける方法を採用することにしました。

硬質プラスチックの表面にシリコンラバーを貼ることで、強度とグリップ力の両立が実現しました。

――素材の数が増えたのですね。ノートPCのアイソレーション部分に差し込む脚となる突起は、サイズや高さなどを検証したのでしょうか。

白川さん さまざまな方法で行いました。トバログさんが試作品をご自身のYouTubeチャンネルで公開されたときに大きな反響があったので、フォロワーの方々がどんなPCを使っているかのアンケートをお願いしたほか、お店にノートPCの実物を見にいくなどもしました。

竹内さん 販売中のPCにはできるだけ多く対応したかったので、Webで片っ端からノートPCを調べて、画像からサイズを逆算することなどもしましたね

――その上で、収納時に2本の脚をスタッキングして1本にする仕組みも盛り込んだのですね。

白川さん はい。ここで難しかったのが、突起のある面同士を重ねるために必要な、反対側のくぼみの深さでした。この穴を貫通させてしまうと表側に貼ったシリコンラバーが歪んでしまうといった問題が生じるので、コンマ何ミリの調整を繰り返しました。その結果、ちょうどよいポイントが見つかり、中央のマグネットでパチンとスタッキングできるようになりました。

突起のある面同士でパチンとスタッキングできます。中央にはマグネットを装備しています。

――マグネットも使われているのですね。このスタッキング機能はプロダクトのネーミングとも密接に関係しているとか。

竹内さん 2本のパーツが収納時にペアになる構造にしたことで、「使うときにその都度、二つに開く」所作の意味をネーミングにも活かせないかと思っていたところ、似ているものがあることに気がつきました。割り箸です。そこから、生活のためのガジェットである箸が英語で「チョップスティックス」なら、デスクワークのためのガジェットであるこのプロダクトは「タイプスティックス」だよねという発想が自然に湧いてきました。

実は、ファーイーストガジェットのロゴも箸なんです。ファーイースト = 東洋のガジェットというブランド名をつけるにあたって、当時、「最も昔からあってポピュラーな東洋のガジェットってなんだろう?」ということで浮かんだのが箸でした。それがたまたま今回の「タイプスティックス」の発想にも合致したのは、我々自身もおもしろいなと思っているところです。

なお、トバログさんから「日本でデザインされたプロダクトだからこそ、名称に日本語の語感も活かしたい」というフィードバックがありました。「打ち箸」という愛称が生まれたのはそれがきっかけです。

パッケージを開けてタイプスティックス――打ち箸を開くところまでの心地よさを味わってほしい

――「タイプスティックス」は当初の小さな4個の脚というアイデアから飛躍して、硬質プラスチックとシリコンラバーとマグネットを素材にした、質感の高いガジェットとして完成しました。この仕上がりにトバログさんはどのような感想を抱いておられますか。

トバログさん 白川さんのプロダクトデザイナーとしての技術が凝縮されていると思います。僕自身は YouTuberとしてこれを紹介するときの感覚や見せ方などをお二人に何度もお伝えしました。素材のこともそうですし、色は黒よりも白がいいと言ったのも僕です。ですからお二人にとっては本当に面倒な相手だったと思うんですけど(笑)。

白川さん そんなことはありませんよ(笑)。

トバログさん にもかかわらず、このレベルにまで仕上げていただいて本当に感謝しています。素人が作ろうとしても絶対にここまではたどり着きません。

白川さん ありがとうございます。とてもうれしいです。

竹内さん トバログさんがストレートにフィードバックしてくれたことによって、我々も思いきったチャレンジができました。

インタビューはリモートで行われました。「タイプスティックス」が機能・質感ともにハイレベルなプロダクトとして仕上がり、皆さん満足げです。

――最後にお一人ずつ、ユーザーの方々に直接メッセージをお願いいたします。

トバログさん ニッチなプロダクトであるにもかかわらず、ファーイーストガジェットのお二人には信じられないくらいの労力と手間をかけていただき、最大限にブラッシュアップされたものが出来上がりました。箸というネーミングのコンセプトと併せて、パッケージもすごくよいものになっていて、よくできた文房具のような感覚で使ってもらえると思います。

僕自身のようにHHKBを仕事用のWindows PCなど、MacBook以外のPCと組み合わせて使いたいと考えている方は大勢いらっしゃると思います。ぜひ「タイプスティックス」を活用して、HHKBをいろいろなPCとマッチングさせてみてください。

トバログさんといえば白いアイテム。「タイプスティックス」もその仲間入りを果たしました。

白川さん モノ選びにこだわりがある方に、ぜひ手に取っていただきたいプロダクトです。パッケージを開けるところから始まり、商品を出して、マグネットで一つになっているものを開く動作まで、すべて心地よい体験を意識してデザインしています。ぜひ皆さんに味わっていただきたいと思います。

竹内さん トバログさんと我々、お互いが揃って初めて生まれたプロダクトです。ユーザーになり得る方々の全員が確実に欲しくなるようなところまで、たどり着けたのかなと思っています。「これを持っていてよかった」と思っていただける仕上がりになっていますので、ぜひよろしくお願いします。

――「タイプスティックス」の魅力が多くのHHKBユーザーに届くことと思います。本日はありがとうございました。

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