究極のライフスタイルを追求する「ミニマリストしぶ」さんから見たHHKBのプロダクトデザイン
YouTuberとして物を多く持たずに暮らす「ミニマリズム」のライフスタイルを発信する「ミニマリストしぶ」さんに、HHKBのデザインやブランド価値についてインタビューしました。
ミニマリズムは自分の内面と向き合うこと
――ミニマリストしぶさん(以下、しぶさん)にミニマリスト目線でのHHKB評価をお聞かせいただくにあたり、しぶさんが考えるミニマリズムの全体像からうかがいたいと思います。しぶさんがオリジナルブランド「less is _ jp」でアイテムの監修を手がけているのは、しぶさんにとってのミニマリズムが物のデザインと深く関係しているからでしょうか。
しぶさん そうですね。僕がミニマリストといわれるライフスタイルを実践するようになって8年が経ちます。最初はとにかく物を少なくしてお金をかけずに生活することに集中していましたが、最近は物を減らしつつも自分の持ち物や空間は美しくしたいと思うようになりました。その過程でミニマルデザインといわれる分野にも興味が出てきて、現在のオリジナルブランドの活動につながっています。
――ミニマリズムは単に「物を減らす」だけではなく、一定の幅や広がりがあるということですね。
しぶさん はい。ミニマリストの中では「身軽さ・手間・美観」という3つの価値観が重視されていて、その3点で構成される三角形のどこに自分を位置づけるかは、それぞれのバランスの取り方によると僕は思っています。たとえば、僕が当初参考にしたブロガーの中には、バランスボールを椅子にして押入の段をデスクにしている方もいました。「身軽さ」という価値観に振り切ったときはそこまで行くという一例といえます。
――それはまた衝撃的ですね。
しぶさん 大きな衝撃を受けましたし、僕自身が必要に迫られてミニマルな暮らしを始めたので「ここまでできるのか」と勇気づけられもしました。
その一方で、物を持たない暮らしを続けていると、「身軽さ」と「手間」の間にあるトレードオフの関係が気になってきます。たとえば、僕はコインランドリーのあるマンションを借りることで洗濯機を持たない生活をしてきましたが、洗濯機という大きな家電がない「身軽さ」を得た一方で、部屋とコインランドリーを行き来する「手間」をかけることにもなります。そこを突き詰めて考え、ある時点でドラム式の洗濯機を購入しました。その結果、洗濯の「手間」をなくして効率を上げ、時間のゆとりを得られるようになりました。
――そのようにして考えながらバランスを取っていくこと自体にもミニマリズムの楽しみがあるのでしょうか。
しぶさん ありますね。理詰めというのか、自分の内面にある大事なものに向き合って、「これはいる、これはいらない」という判断をするのが楽しいという面は確実にあります。それに物を減らせば減らすほど、自分が何を大事だと思っているのかが浮き彫りになってくる感覚もあると思います。
――その上で現在は「美観」、すなわちミニマルなデザインへの興味が強くなってきたのですね。
しぶさん そうです。最近は「身軽さ」と「手間」は自分の中である程度完結しているので、あとは「いかに芸術点を上げられるか」みたいな。物を減らしながらも、どうしたら部屋を美しくデザインできるかというところに最近ははまっています。ちょうどゲームの「縛りプレイ」のように、あえて難しい道を行くほうがおもしろいという感覚ですよね。
もともと「ミニマリズム」は1950年代の抽象美術表現「ミニマル・アート」をきっかけに広まった言葉ですから、「美観」と相性がよいのかもしれません。ミニマル・アートにおける重要な言葉に、建築家ミースの「レス・イズ・モア」があります。これは「物が少なければゆとりが生まれて豊かになる」と解釈されがちですが、本来は柱や壁などを「少なくして集中することで、それらをより活かすことができる」、つまり「不要なものをそぎ落とすほど美しく便利になる」という意味です。この言葉にならえば、「手間=効率を上げる」と「美観=芸術点を高める」は両立すると思います。
――では、しぶさんが考える「ミニマルな美しさを持つデザインアイテム」には、たとえばどのようなものが挙げられるでしょうか。
しぶさん 余分な装飾などのない、美しいものを作るという意味では「無印良品」や「Apple」などの製品がそうだと思いますし、今回お借りして詳しく見たり触ったりさせてもらったHHKBもミニマルな美しさを持つ製品だと思います。
物を買うときに重要なのは「手放しやすいかどうか」
――では、HHKBについてうかがいます。とはいえ、しぶさんが現在メインにしている入力方法はスマホのフリック入力だとか
しぶさん 仕事では極力、カフェやコワーキングスペースを使うようにしているので、「手ぶらで出かけたい」という考えからスマホをメインにしています。PCを使うとなると基本的にカバンとデスクが必要になるし、カフェの席が埋まっていると問題が生じてしまうので。家ではキーボードを使うこともありますが、それもMacBookのキーボードをそのまま使っているだけです。ですからHHKBも今回お借りするまでは本当に使ったことがなくて。ただ、その存在は昔から知っていました。
――HHKBをどのようにご覧になっていましたか。
しぶさん 「これに慣れてしまうと、外のカフェで作業するときも持っていかなければならなくなってしまうような、中毒性のあるキーボード」でしょうか。YouTuber仲間のトバログさんにしろ、「abrAsus」社長の南和繁さんにしろ、ヘビーユーザーの方々を見ていると「一度使ったら手放せなくなる、魔力を秘めたキーボードなんだな」というイメージが一つありました。
――ミニマリストの目線ではいかがでしょうか。気になるポイントをお聞かせください。
しぶさん ミニマル・アート的なデザインの観点からは3つあります。まずコンパクトであること。特にボディの幅がすごいですよね。13インチのMacBookと幅がぴったり一致するので、上に重ねたときも違和感がないという。
しぶさん それとやっぱり「無刻印キー」ですよね。無刻印のキーボードが売っているということ自体、以前から僕の中で衝撃でした。実は僕、MacBookのキーボードに黒いシールを貼って無刻印にしたことがあるんですよ。先ほど言った「美観」にもこだわりたいということで。残念ながらキーにまったく文字がない状況を乗り越えられずに今は剥がしてしまいましたが、HHKBの無刻印に対しては今も一種の憧れがありますね。
3つ目は「英語配列」。僕はMacBookでも英語配列をオプションで買っています。というのも、日本語配列だとキーに平仮名が印字されていて、その“情報量のゴチャつき”みたいなものがすごく気になるから。それと、南さんも指摘していましたが英語配列では「Enter」キーに指が届きやすいんですよ。あとHHKBでは「Ctrl」キーが上にあって押しやすい。細かいことですが、そういう工数が少し減るだけでも長時間打つ人にとっては本当にありがたいことだと思うんですよね。
まずは以上の3点に関して、とにかくデザイン的にも機能的にもめちゃくちゃこだわってるキーボードだなという印象をずっと抱いていました。
――「まずは」とおっしゃるからには、まだ先があるということですね。
しぶさん はい。細かいことですが、2つ指摘したいと思います。1つは「乾電池」仕様であること。僕はそれを知らなくて、「HHKB Professional HYBRID Type-S」をお借りしたとき、てっきりUSB-Cで充電するんだろうと思っていたら、意外にも乾電池だった。これはつまり、HHKBは長く使える“一生物”の高級キーボードだから、充電池の寿命を気にしなくてよいようにということですよね。それに気づいたときは「なるほど」と思いました。
皆さんが経験していると思いますが、充電式のガジェットは充電池が劣化するので、充電が最大でも90パーセント、80パーセントと年々落ちていきます。その点、乾電池なら入れ替えるたびに100パーセントだし、世界中どこでも同じ規格の乾電池が買えるし、本当によく考えられているなと。
――さすがのご指摘ですね。では、もう1つは?
しぶさん 充電池の劣化がないこととも関連しているのですが、HHKBというブランドが確立されているので「売るときにあまり値崩れしない」ということです。製品に関するインタビューで「売る」話をするのもどうかと思いますが(笑)、製品が“一生物”だったとしても、人のライフスタイルや嗜好まで一生変わらないわけではないですよね。たとえば、最近出た真っ白い「雪」モデルのHHKBを見て、「墨が好きで使っていたけど、雪が欲しい!」と思うかもしれません。そういうとき、従来のモデルをメルカリなどで比較的高く売ることができれば、「雪」モデルに買い換えられるじゃないですか。
――なるほど、クルマも購入時にリセールバリューのことを考えますね。
しぶさん そうです、そうです。僕は物を買うとき「買ったあとに手放しやすいかどうか」はすごく大事なことだと思ってるんですね。「万一自分の生活に合わなかったら売れる」ということなら、買い物のリスクを小さくできます。キーボードでそれができるだけのブランド価値を持っているのって、たぶんHHKBくらいですよね。
それと、せっかくの機会なのでもう1つだけ追加すれば、HHKBの「素材感」がいいと思いました。デザインがシンプルだと素材の善し悪しがそのまま出ます。HHKBのプラスチックの質感はすごくこだわりが感じられて、触っていて気持ちがいいなと思ったんですよね。個人的にキーボードは服に近いと感じています。ガジェットの中でも、常に触れているものってキーボードとスマホくらいですから。今回初めてHHKBに触ってみて、触り心地という点でも中毒性があるのがよくわかりました。
――今後、しぶさんご自身もその中毒性に「はまる」ことは考えられますか。
しぶさん ええ、今うちにはプロジェクターとVRのヘッドマウントディスプレイがあるので、プロジェクターの空間にPCを置くとした場合、操作はキーボードになるんですよね。キーボードとプロジェクターをつないで「液晶ディスプレイ、もういらない」という状況になったらHHKBを使いたいなと思います。
最近のVRディスプレイはリアルと変わらないくらいで、空間上でタッチできるようなデバイスも出ていますが、その一歩手前のキーボードはまだ残ると思っています。だから投影したVRの操作は手元のキーボード、みたいな。僕はそういう生活に憧れがあるんですよね。
――もしかして、ミニマリストはメタバースと相性がよい?
しぶさん そう思います。まだそのイメージを持たれていないし、ミニマリスト自身も発言はしていませんが、僕は以前からずっとVRを触っていますし、部屋にあるのがベッドとVRディスプレイだけというような世界観が好きです。VRの中で運動もできるので、いっそうミニマリスト的な、スペースだけがある部屋が必要になると思います。そういう生活が現実のものになったら、手元にはHHKBを置きたいなと思っています。
――その際にはまたぜひ取材させてください。本日はありがとうございました。
[プロフィール]
ミニマリストしぶ
福岡県北九州市出身のミニマリスト、YouTuber、デザイナー。家庭の事情によりお金を使わず持ち物の少ない生活を余儀なくされたが、むしろ「物がないほうが豊か」であることを発見し、物を持たないライフスタイル「ミニマリズム」の発信者となる。2018年に初の著書『手ぶらで生きる。』を上梓。「手ぶら財布」などミニマルな機能美を追求したアイテムのブランド「less is _ jp」を立ち上げてデザイン監修を務めている。YouTubeチャンネル「しぶ / sibu」のチャンネル登録者数は2022年12月時点で9.5万人超。
YouTubeチャンネル:しぶ / sibu
ミニマリストしぶのブログ:https://sibu2.com
執筆者
石川光則(柏木光大郎)
編集者、株式会社ヒトリシャ代表。高畑正幸著『究極の文房具カタログ』やブング・ジャム著『筆箱採集帳』の編集、ANA機内誌『翼の王国』の編集執筆など、出版物やwebを中心に活動。
編著に『#どれだけのミスをしたかを競うミス日本コンテスト』(KADOKAWA)がある。