HHKB 裏HISTORY 第二章 後編
『Professional2』と『Professional JP』のちょうど間、2007年に大幅な社内での異動があって、HHKBのチームは動き方の変化を余儀なくされることになるのでした。
まず、2006年12月に、松本さんがドキュメント・イメージ部門へ異動になります。そういう事情はまた別の機会に譲って、この後編では、2008年の『Professional JP』開発をめぐる、「カーソルキーを入れる場所を作る」問題から、『Professional Type-S』開発にまつわる意外な苦労話を紹介します。
それは、HHKBと開発陣、プロモーション・チームの黄金時代の物語だったかも知れません。
配列ありきで始まった『HHKB』の日本語モデルにプロフェッショナルを名乗らせていいのか問題
松本2008年は日本語モデル『Professional JP』をやりました。『Lite2』では日本語配列をやってたけど、プロフェッショナルは英語配列しか出さなかった。でも要望はあったんです。
田口もともと、新しい英語配列のキーボードを作るというところから始まったのがHHKBだから、英語配列に決まってるって、みんな思ってたわけでしょ。
横山みんな英語配列使ってたから、日本語配列を作ろうなんてモチベーションにはならなかった(笑)。
田口だから、「日本語配列? そんなの要らないよ」って思ってたんだけど、そろそろ日本語配列をやりませんかと言われて、重い腰を上げたんです。
松本一般のお客さんに、『Lite2』には日本語配列と英語配列両方あるのに、なんで最高峰モデルに日本語配列はないの?とか言われてたし、レビューにも英語配列しかないのはちょっとマイナスとか書かれてたんですよ。ただ内部では、和田配列(Aleph配列)というか、英語配列がHHKBなんだから、日本語配列は出さないでいいよってずっと言ってた。
横山「プロフェッショナル・プログラマーが使うんだから、日本語配列は要らない」って、言ってたんですよ(笑)。
松本そういうこと言ってたけど、やっぱりちょっとでも売上を担保したいというのはあって。
田口そうそう。
松本HHKBがなくならないようにね。
鎌田金型とか新しく作る訳だから開発費はかかるんだけど。
松本でも、PFU社内にもいたんですよ、「HHKB使いたいのに日本語配列はない」とか言ってた人。HHKBの本質とは別にHHKBを使いたいっていうありがたい気持ち(笑)。
田口私たち、4人とも日本語配列が必要なんて思ってないんだもん。
鎌田実際、葛藤はありましたよね。製品名は結局『HHKB Professional JP』になりましたけど、日本語配列にプロフェッショナルと付けていいのかというのは私も考えました。違う名前にしようかって話もありましたよね。
田口それでも、まあ日本語配列をやるって決めた瞬間、じゃあ配列どうしようかという話になったんですよね。まず決めたのは、矢印キーは欲しいねということ。
松本ある程度は『Lite2』でやってたけど。
田口『Lite2』の日本語配列は、独立したWindowsキーが無いんですよ。開発中の2000年当時って、Windows 98がようやく普及してWindowsキーというのが出てきたところだったんです。それで、「置いとけばいいだろ」くらいの感じで、Fnキー+かなキーでWindowsキーになるようにしてた。
最初、Windowsキー無しで配列を作ってたから、場所がなくて仕方なく。
ただ、それで出したら、メンブレン式の宿命で、3つ押しのAlt+Ctrl+Winとかのコンビネーションが動かない。そういうこともあって、今度はWindowsキーを独立させようということになって、場所を取りやすい最下段のスペースキーの左側に置くことにした。HHKBの表記だと◇キーがWindowsキー。右側は矢印キーがあるから場所がなかったんだね。
並べて見るとキーの上下の並びが4分の1ズレているのが分かる。
横山あと『Professional JP』は、矢印キーと◇キーを入れたから、キーの並びが4分の1ズレてる。美しくないけど、仕方なかった。
田口矢印キーも、置く場所は右端しかなくて、『Lite2』の矢印キーみたいな小さいキーのキートップが無いか聞いたら、東プレは持ってなかった。仕方なく、普通のを置いてみたら、右のシフトキーは半分のサイズになるし、Zから斜線までのキーの並びが4分の1ズレちゃった。英語配列だと、Nキーの上にHキーとJキーが、半分ずつになるんだけど、JPは右に4分の1ズレてるでしょ。これ、開発時にみんなに「こうなるよ」って見せたんだけど、誰も何も言わないんですよ、しょうがないって感じで。
松本そりゃ、言わないですよ。自分たちは英語配列使ってるから、あんまり興味がない。どうせ保守本流じゃないからみたいな。
田口そんな感じですよ。
鎌田もうみんな関心ないから、矢印キーの下のFnキーと組み合わせて使うところも、『Lite2』と互換性がないんですよ。
松本誰も規格のレビューやってないの?(笑)
田口森口さんが決めたまま製品になっちゃった。実は本件、ファンの人にすごく怒られて。そういうのがあったから、『Professional HYBRID Type-S』でキーマップ設定を付けた。
松本そういう懺悔を『HYBRID Type-S』でまとめてやったと(笑)。まあ、そのあたりの話は、また次回か次々回でやるから(笑)。
『HHKB Professional Type-S』は、どのようにして静音性と高速性の両方を獲得できたのか
好みが分かれているのも首肯けますね。
松本このチームでガッチリやったのは、2011年の『HHKB Professional Type-S』までですかね。この『Type-S』は、東プレから提案を頂いた案件なんだけど、『REALFORCE』より先に、「HHKBでまずやってみませんか?」ということだったんだよね。
それで、静音化は考えていたことだったし、このタイミングでやってみたら、4mmから3.8mmへと、ちょっとストロークはタイトになったんだけど、静音だけじゃなくて、打鍵感がなめらかになって非常にいいフィーリングになったっていう。
それで、毎日パソコン入力コンクールで優勝した栗間友章さんにアドバイザーとして実機を使ってもらって、プロモーションにも参加してもらったんだよね。新しいことをやるにあたってのスペックの信憑性を、超一流のタイピストに監修してもらう、例えば車でいうとサーキットでテストドライバーに充分に検証をしてもらったのと同じようなプロセスを実践したかったのです。
鎌田『Type-S』の頃は、まだ昔の HHKB の開発環境風土が残っていた感じはありましたね。結構自由にやった印象があります。
田口この頃は、そうだよね。とはいえ、実はキー(プランジャー)の構造を変えないといけなかったので開発が楽だったというわけではなくて。
横山緩衝材のオーリングを付けるだけでしょ?
田口単純にそれだけじゃなくて違うの。静音化の手法はキーが上がる時にプランジャーがハウジングに当たって出る音を軽減するために、ポロン(※)という素材でリング形状の緩衝材をプランジャーに取り付けてんだけど、そのポロンの厚さが0.5mm。そのままだと単純にキーが0.5mm 分上がり切れなくなってストロークが3.5mmになっちゃう。これを本来の4mmに戻さないといけない。
※ポロン(PORON):高機能ウレタンフォーム
松本でも、Type-Sはストロークが 3.8mm だよね。
田口この0.5mmの分をどこかで削らないといけない。東プレの場合は、キースイッチの上(ハウジング)下(プランジャー)をそれぞれ削って 標準品と同じ4mmにできたけど、HHKB はハウジングがモールド一体成形だから削っちゃうと標準品に使えなくなって新たに金型を作らないといけない。でもこの大きさの金型はお金がかかりすぎる、そんなお金(開発費)はどこからも出てこない。
でも、プランジャーだけなら部品が小さいからなんとか安く金型を作れる。それで四苦八苦して0.3mm は削れたけど、残りの 0.2mm がどうしても削れなくて、そこは仕方なく諦めて苦肉の策でストロークが3.8mmになった。
松本故に、今でも『HYBRID』と『HYBRID Type-S』のその部分は違うって訳だね。
田口違う。バラしてみても違うんだよ。現行機も、標準品とType-Sはプランジャーはそれぞれ前機種と同じ。
鎌田東プレは、Type-Sの半年前に「静音スイッチ」という名前で出したんですよね。
田口そうそう。東プレのものはプランジャーの色が紫なんですよ。だから『REALFORCE』のキートップ外して紫のプランジャーがあったら静音キーだって分かるんです。私たちは別に色はなんでもよかったから黒になった。
横山PFUでも最初は「静音モデル」ってことで企画したんだけど、それだとインパクトが弱いねっていう話をして、東プレは「静音」だけをウリにしてたけど、それ以外にアピールするポイントを作れないかということで、ストロークが0.2mm短くなったことを逆手に取って、打ちやすくなってスピーディーに打てることをアピール・ポイントにしたんです。
田口あと、キーのハウジングをタイトにしたんですよ。プランジャーの厚みを決める時、音響測定テストをやったんです。『Professional2』を使って、0.1mmと0.3mmと0.5mmのプランジャーを東プレからもらって、全部音響測定したけど、測定結果があんまり変わらない。その原因はハウジングの遊びから出るカチカチ音のせいだったんですよ。『Type-S』ではない機種、例えば『HYBRID』なんかを振ってみると分かるんですが、かすかにカチカチ音がします。それで、遊びで音が出ないようにテープを貼って留めたりして余計なノイズが出ないようにして、やっと測定できた。すごく大変だったけど、そうしないとType-Sの静音性を証明するデータが取れない。その結果、0.5mmが一番静音性が高いということになったのだけど、ハウジングの遊びのノイズも消さないと、実効性を感じてもらえないことも分かった。それで、ハウジングをタイトにしたわけです。
松本実際に高速に打ててるかとか、今までと比べてどうかっていうのは、プロフェッショナル・タイピスト的な人にお願いしてテストしてもらったよね。
田口でも、遊びをなくしてタイトにするのは、東プレが嫌がったんですよ。成型条件次第で微妙な差が出るから、最悪、キーがスムーズに動かなくなる個体も出る可能性があるんです。検品も大変になるし、歩留まりにも影響するかも知れない。それをなんとか、ギリギリまでやってくれって頼んで、組み立ての時にはシリコンオイルを吹いたりもしてるんです。
横山静音性のためのポロンの追加や、ハウジングをタイトにしたことで、従来機に比べて打ちやすさが損なわれていないかといったことも、栗間さんにテストしてもらったんですよね。で、結果としては、ブレがないから端のキーを打ったときに打ち損じが逆に少なくなったし、ストロークが短くなった分、むしろなめらかに打てるようになったという評価だったんです。それで、高速タイピング性(speedy)と静粛(silent)の『Type-S』と謳うことができたんです。
こうして、静音&高速の『Type-S』も完成しました。個人的には地味だけど良いマイナー・ヴァージョン・アップという印象だった『Type-S』ですが、実は金型も新しくしたんですね。ほとんど別の製品なのですから、発売当時、打鍵感の変化に敏感なユーザーの間では好き嫌いが分かれたのも納得できます。
今回のお話の中にも、少し出てきますが、これ以降、HHKBの開発体制に大きな変化が起こります。ここまでは、趣味から始まったマニアックなキーボードを、みんなでワイワイと育ててきた、ある意味、幸福な時代だったのかもしれません。その象徴が能登の漆を使った世界一高価なキーボード『HG JAPAN』だったような気もします。開発やプロモーションも大変だったと言いつつも、とても楽しそうです。
そして次回の物語は、いよいよ、ユーザー念願の無線HHKB、『HHKB Professional BT』開発裏話、そしてHHKBプロモーション・チームの大躍進の物語へと続きます。その前に、今回の座談会で明らかになった、ちょっとしたこぼれ話を紹介して、第二章 後編を終わります。
こぼれ話:ロゴの間違い探しとパッケージ・デザインのこと
右と左、どちらが正しいロゴか分かりますか?
田口『Lite2』『Professional』の時期に、一時期、間違ったロゴで印刷しちゃったことがあって、こんな風に、ロゴのニョロの部分(HHの横線代わりに入っている赤のニョロ)の前後が違ってるの(正しくは、左からニョロが上、下、上と通っている)。間違ってるロゴでは、ニョロが全部、縦棒の後ろを通ったデザインになってる。
松本これ、PFUアメリカに関係してたデザイナーにデザインを依頼していて、その方からPFUアメリカを経由して、「このロゴは正しい使い方じゃないですよ」っていう話がきて気がついたっていう。実は、この頃、デザインもちゃんとしていこうと思っていろいろチャレンジしてたんですよね。
横山『Lite2』からは箱もカラーにして、だからロゴのミスなんかも見つかるわけですけど。
鎌田こっちにはコストを落とせって言ってて、箱に何色使いやがるって思ってましたよ(笑)。
松本当時は量販店でも売ってたし、価格も高い商品ですからね。ちゃんとブランドやデザインも改善していこうと意識し始めていた頃で、箱のリデザインをしようと言ったのは覚えてる。
鎌田開発が10円20円のコストダウンをしてるのに、機能とは関係ない箱の原価が100円単位で上がるんですよ!
松本でも、ブランドの確立もトータル・デザインも重要だから。
鎌田それはそうですけど、部品リストを出させてうちの購買の価格と付き合わせて、これはもっと安くならないかとか、1円、2円とか10円、20円とかのせめぎ合いやってて。そんな大変なことやってるのに、「この印刷で100円上がりました」って、私の苦労はどこへ行ったのか(笑)。
次回、第三章に続きます。
\HHKB裏HISTORY 第一章 前編はこちら/
執筆者
納富廉邦
ひたすらHHKBで様々なジャンルの原稿を量産し、この1年半で7冊の本を上梓。
買った本は、その日のうちにScanSnapでデジタル化。既にPDF蔵書は9000冊を超える。本の中身が全文検索できることで、仕事の資料探しがとにかく楽。デジタルからアナログ、ガジェットから調理器具、寝具や衣類、バッグに財布など、あらゆるモノ系と伝統芸能、音楽、アート、映画、本などの評論を中心に取材、執筆しています。あ、ギター弾いています。










