HHKB裏HISTORY 第三章 後編
2011年から2016年の約5年の間に行われた販売戦略と、その泥臭い裏側、やむにやまれぬ事情が生んだアイディアやイベント。前編で語られたのは、そういったマーケティングや販売面からのHHKBの裏歴史でした。後編は、無線化への要望が強まった2013年から始まる、「HHKB Professional BT」登場までの裏側です。
長年の課題だったHHKBの無線化に取り組んだ3年間の苦闘
松本:2013年頃からHHKBも「Bluetooth対応しないといけない」という話はずっと出ていました。
ただ、消費電力が高めの静電容量方式をどうやってバッテリー駆動で長時間動作させるか、そこが大きな壁で、なかなか前に進まなかった。そんな最中、CerevoのCEOの岩佐さんから「EneBRICK」という製品の話が舞い込んだんです。バッテリーとBluetoothアダプターを一体化したもので、タブレットとHHKB接続用の製品として商品化の提案をされました。
森口:「EneBRICK」の発表会は、なぜか秋葉原のメイドカフェで開催されて話題になりましたが、正直、商品としての完成度はあと一歩という感じで、残念ながらお客様の反応も限定的でしたね。
松本:ただ、HHKBの無線化のニーズが強いことははっきり分かった。当然その頃には、HHKBのBluetoothモデルの開発自体はもうスタートしていました。そして当初は、2015年には出したいと思っていたのですが、想像以上に難しかった。特にBluetooth 3.0対応と、Macとの接続性が大きな課題でかなり苦労したのを覚えています。
森口:Apple側の仕様が公開されていない部分もあったりして、大変でしたよね。どうにか開発と商品化を進め、BTの発売は2016年4月になりました。正直に言うと“苦労の塊”みたいな製品でしたね。電池が筐体に収まりきらなくて、後ろに張り出す形になりましたが、それでも、上面のフォルムは絶対に崩さない。そこは守りました。
松本:実はこのとき、外観も微調整しているんです。四隅のRを少し変えていて、デザインとしての完成度を上げている。ほんのわずかな違いなんですが、それでも印象は変わる。このあたりは、プロダクトとしての“美しさ”をどう維持するかという判断でした。
世界基準に合わせた設計変更の難しさ
石川県在住の多河さんがここからオンラインで加わった。
多河吉泰(以下、多河):BTモデルから、HHKBもスキャナーと同じ品質基準で開発することになりました。それまでは、ODM先の設計・製造に対して評価を行う形で、場合によってはODM先の基準でも「問題ない」という判断で進めていたんです。でもBTからは、それを完全に見直しました。
山口:いわば“松本基準”から“PFU基準”への移行ですね(笑)。
多河:そうですね(苦笑)。スキャナーと同じ世界基準で評価するとなると、設計をかなり見直す必要がありました。その分、開発担当者の立場としては相当大変でした。
森口:なんでこのタイミングで基準を変えたのですか?
多河:「なぜHHKBだけ別基準なのか」という、事業部内での指摘があったのが大きいですね。理屈としておかしいので、「じゃあ、きちんと揃えよう」と。
松本:HHKBは2008年にドキュメントイメージング事業本部に移管され、Type-Sまでは従来の流れで開発していたんですが、BTからは石川の開発センター主体になった。そして、スキャナーのエンジニアの真っ当な価値観が入ってきた。
山口:海外展開を見据えて、という話ではなかったんですね。
多河:直接的には違います。まずは「PFUの製品として出す以上、基準を揃える」という話でした。
松本:もちろん、それまで品質が低かったとか、いい加減ってわけではないですけどね。
多河:そうです。お客様に問題が出るレベルではなかった。ただ、プロセスとしての厳密さが全く違う。
松本:スキャナーの開発プロセスは本当に重たいんですよ。膨大な資料、審査、数値の裏付け。
「そんなのHHKBには関係ないだろ」と思っても全部求められる(笑)。
森口:Bluetooth自体も初めての技術でしたしね。
松本:そう言えば出口が見つからずに、Bluetoothの実績を持つ富士通のパソコン部隊に何回も相談に行ったよね。
多河:評価方法もすべて手探りでした。不具合が出たときも、「どこが悪いのか」を証明しないと動いてもらえない。その検証をずっと繰り返していました。
松本:よくあの状態をリカバリして「出す」とこまで漕ぎつけたな、というのが正直な感想です。
発売遅延が生んだ“予約販売”と、箱へのこだわり
山口:BTは、私がPFUダイレクトの担当になって最初の新製品でした。
ところが、4月12日の発表日の直前で、製品出荷が25日にずれ込むとの連絡が入り、急遽「予約販売」をやることになったんです。
森口:やったことないのに予約ってどうしようか、と。
山口:PFUダイレクトのシステムでは予約販売の機能がサポートされていなかったので、ほぼ手作業で凌ぐって感じで、めちゃくちゃ大変でした。
多河:あれは本当に申し訳なかったです。
松本:当時のPFUダイレクトは在庫があって売る前提の仕組みだったから、予約販売はきつかったよね。
多河:遅れた原因の一つが落下試験でしたね。試作機では基板が壊れてしまって、設計を見直す必要があった。「キーボードってそんなに落とす?」と思ったんですが、「普通に落ちます」と品質保証部門に言われて。そこから内部のクッション構造などを徹底的に見直しました。
“開封体験”まで設計するという発想
山口:ところで、BTの箱、覚えてます?
多河:あれは印象に残ってますね。
山口:あの箱は僕がデザインを主導しました。「開封の儀」を意識して、インフルエンサーに写真を撮ってもらいSNSなどにアップしてもらう前提で設計しています。“体験としてのパッケージ”にアップグレードしたかった。
多河:正直、コストは上がりました(笑)。
松本:でも、Apple製品のような体験に近づけたかった。
山口:最終的に、「BT」の文字を筆で書いたものを採用しました。これがその後のモデルにも引き継がれていきます。ちなみに、この文字を書いたのは当時PFU社員の深谷くんの弟(書道家)で、報酬はHHKBを1台(笑)。
そうして発売されたBTモデルは、大きな反響を持って迎えられました。その時の様子を山口さんは「公式のTwitter見てたんですけど、BT売り始めましたって言った瞬間にTwitterの通知が止まらなくて、バズるってこういうことなんやと思いました」と語っています。そうした苦労を経て発売されたBTモデルは、大きな反響を呼びました。ヒット商品になった一方で、本連載では松本さんが何度も『あれは大変だった』と振り返っています。そのわけの一端が見えてきたところで、話題は海外展開、そしてロングライフデザイン賞受賞へと進みます。
海外展開は「売らざるを得ない」から始まった
松本:HHKBの中国展開は、2016年がスタートでしたね。最初はProfessional2やType-Sといった既存モデルから展開したはず。鞠さん、初代BTモデルは中国でも販売しましたっけ。
鞠洪麗(以下、鞠[キク]):販売しました。最初からではなく、あとから追加する形ですね。中国でのBTモデルの発売は、2017年6月です。
多河:そう考えると、HHKBを“世界基準”で見直したことは、結果的には海外展開にもつながっていたんだと思います。当時、明確に「海外のために」と言っていたわけではないですけど。
松本:そうですね。中国を皮切りに、その先の欧米展開も見据えられる品質基準のプロダクトを、このタイミングで作れた、ということだったのかもしれません。
多河:結果として、海外に持っていきやすくなったのは間違いないですね。
松本:海外で品質問題を起こすと大変ですからね。特にアメリカは訴訟リスクもある。だから、それまでの品質が低かったという話ではなくて、より厳密なプロセスで品質を担保していく必要があった、ということなんですよね。このためだけに品質基準を引き上げたわけではないけれど、結果としてその流れが海外展開のタイミングと重なった、という理解が近いと思います。
鞠:中国では、BTが出る前後のタイミングでProfessional2とType-Sの販売を始めて、体制が整ったところで2017年からBTモデルも投入した、という流れでした。
松本:中国展開は2016年からですが、実は最初、知らぬ間に中国への並行輸入が先に広がってしまって、様々な問い合わせが中国のPFU拠点に来るようになり、どうにかしないとまずいってのがきっかけでしたね。
山口:「PFUの中国拠点は売ってもいないのにサポートを迫られる」という状態。
松本:それなら正式に売ろう、と。
鞠:私がHHKBに関わるようになったのは、2017年夏の20周年ファンミートアップがきっかけでした。そこで初めてHHKBのことを深く知って、「これは強いファンベースがある製品だな」と感じたんです。その後、松本さんから「グローバルでHHKBビジネスを立ち上げよう」という話が出ました。
ただ、日本と中国だけでは事業計画としては弱い。そこで、将来的に20億円規模まで持っていく前提で欧米を含めたビジネスプランを組み立てたのを覚えています。
松本:20億円まで伸ばすには、やはり一番大きな市場の北米をやらないとダメだよね、という話でした。
鞠:そういう構想でスタートしました。当時、ScanSnapはすでにグローバルに大きく伸びていて、特に北米では日本以上に売れていました。PFUアメリカにはディストリビューションの基盤もあるので、ScanSnapを扱っているチャネルにHHKBも載せれば、新しくインフラを作らなくても展開できるはずだ、という考えでした。日本でしっかり売れている商品であれば、適切にプロモーションすれば海外でもいけるはずだ、と。北米側の反応も前向きで、じゃあ投入しよう、という流れになりました。ただ、実際にはScanSnapのようには伸びませんでした。日本では強いファンベースに支えられていたけれど、アメリカでは、レイアウトも独特なHHKBが突然出てきても、すぐに広く受け入れられるわけではなかった。
山口:売るために、北米には日本からも手厚いサポートをしましたね。一方、中国は日本ほどではないにせよ、それなりに売れ始めていた。HHKBって「嗜好品」なんですよね。便利だから売れる、というより、「これが好きだ」と思ってもらえるかどうかが大きい。そこを作るプロモーションが、北米では難しかった。いろいろチャレンジはしたのですが、なかなか販売が伸びませんでしたね。
松本:では、なぜ中国では売れたのか。理由はシンプルで、販売している人が「熱かった」んです。当時の中国のHHKB責任者だった馬さんは、HHKBが大好き、もともとはプログラマーなのですが、HHKBの営業を担当してからも、その熱量のままプロモーションをしていた。中国の著名インフルエンサーを見つけて働きかけたり、JD.comやT-Mallの2大ECチャネルをベースに、北京の総代理と組んでかなり積極的に動いていました。結局、熱量なんですよね。北米も想いがないわけではないのですが、明らかに熱量が違いました。
鞠:北米にはビジネスマンとして優秀な人はたくさんいるんですけどね。責任範囲の職務をしっかり全うするというモチベーションと、松本さんや山口さんみたいな“好きでやってる熱量”とは、やっぱり少し違う気がします。まぁこういうタイプの人達は、世界中探してもなかなかいませんけど(笑)。
山口:欧米でもHHKBファンはもっと増やせるはず。まだ諦めたくはないですね。当時は、鞠さんがパッションをもって頑張ってくれたのですが、今はPFUを離れてしまったので残念です。
鞠:色々事情があって、途中で熱い人たちの現場から離れてしまいました。でも、今でもHHKBは心底応援してますよ。
海外では、決して平坦ではなかったHHKBの展開。レイアウトの特殊性やローカライズの難しさもあり、国内と同じようにはいきませんでした。それでも、日本で積み上げてきたファンベースと、製品としての一貫した思想は、着実に次の評価へとつながっていきます。
その到達点のひとつが、2019年のグッドデザイン賞のロングライフデザイン賞でした。
ロングライフデザイン賞という到達点
前のパートで見てきたように、海外展開は決して平坦ではありませんでした。
中国では手応えがあった一方で、アメリカでは苦戦も続く。HHKBというプロダクトの個性が、そのまま難しさにもなっていた時期です。そんな中で、ひとつの大きな転機になったのが2017年でした。
松本:2017年は、振り返ってみると大きな節目だったと思います。
2016年末に20周年イベントをやって、それまで積み上げてきたことを一度きちんと総括できた。そして、2017年には、第1回のユーザー・ミートアップを初開催し大成功を収めた。HHKBが単なる製品ではなく、ちゃんとファンに支えられている存在なのだと、改めて実感できた年でした。同時期に、鞠さんもキーボードビジネスに本格的に加わり、東プレのREALFORCEをPFUとしてグローバルに展開していく動きも始まりました。さらに2019年、HHKBは累計50万台も達成しました。このタイミングで、長野「善立寺」の副住職、小路さんにお願いして「打鍵成就」のお守りまで作ったんですよ。
森口:タイピングがうまくなりますように、っていうお守り。このお守りのおかげでロングライフデザイン賞を受賞できたのかもね(笑)。
横山:お守りの袋の中に、静電容量無接点方式のコニックリング(円錐スプリング)が入っているんですよ。私、ひたすら袋詰めをさせられたのを覚えてます。
松本:ちゃんと覚えてるじゃないですか(笑)。
山口:ロングライフデザイン賞も、一回の申請で取れたわけじゃないんですよね。
横山:そうです。3回目の申請でようやく受賞できました。3年目はかなり気合いを入れて準備しましたね。最初の年は一次審査で落ちたんですけど、3年目で二次審査まで進んで、そのまま見事に受賞した、という流れでした。一次は書類審査で、それを通ると会場でこちらが用意したパネルなどを審査員に見てもらう形式になるんです。プレゼンをするわけではなくて、展示そのもので評価される。その段階で結構落ちる製品が多い中、HHKBは最後まで残って賞を勝ち取れたんですよ。
森口:グッドデザイン賞自体は、もうずいぶん前、2004年に取ってましたよね。
松本:だからこそ、次に目指すべきはロングライフデザイン賞だったんです。あれだけの歴史があって、基本のレイアウトを変えずに、ずっと使われ続けている製品って、そうそうない。単にデザインがいい、という話ではなく、ミニマルで不動の価値を持ち続けてきたこと自体に意味がある。HHKBは、そこを評価してもらうべきプロダクトだと思っていました。
山口:ロングライフデザイン賞を狙ったのは、そういう理由だったんですね。
松本:そう、プロダクトをやっている人間にとって、ロングライフデザイン賞は本当に特別な存在です。一時的に売れたとか、見た目が新しいとか、そういうことではなくて、普遍性があって、永い歴史の中で愛され続けてきた証ですから。受賞式には和田先生にも来ていただきましたが、あの場にご一緒に立てたのは、本当に嬉しかったですね。「メーカー冥利に尽きる」というのはまさにこういうことだと思いました。
2019年、HHKBはロングライフデザイン賞の受賞とともに、累計50万台を達成しました。変わらない思想を守りながら、無線化や直販、イベント、コミュニティづくり、海外展開といった新しい挑戦を重ねてきたこの時代。その積み重ねが、ひとつの形として評価されたのが、この受賞だったのでしょう。
第三章は、ここでひと区切りです。
HHKBが製品として、そしてブランドとして、ひとつの完成期に到達するまでの8年間を追ってきました。そして次章からは、大ヒット商品「HHKB Professional Hybrid Type-S」そして「Hybrid」と「Classic」へと話が続きます。現在の主力ラインへとつながるフルライン刷新、100%直販体制への移行、さらに「HHKB Studio」という既存製品とは対照的なプロダクトの登場へと、物語は続いていきます。
うまく着地すれば、これ以上ないほど美しい最終章になるはずです。
さて、その結末はどうなるのか。続きは、次回に。
次回、第四章に続きます。
\HHKB裏HISTORY 第一章 前編はこちら/
執筆者
納富廉邦
ひたすらHHKBで様々なジャンルの原稿を量産し、この1年半で7冊の本を上梓。
買った本は、その日のうちにScanSnapでデジタル化。既にPDF蔵書は9000冊を超える。本の中身が全文検索できることで、仕事の資料探しがとにかく楽。デジタルからアナログ、ガジェットから調理器具、寝具や衣類、バッグに財布など、あらゆるモノ系と伝統芸能、音楽、アート、映画、本などの評論を中心に取材、執筆しています。あ、ギター弾いています。










