けん盤配列にも大いなる関心を
Please Pay Your Attention to the Keyboard Layout

東京大学工学部教授
和田 英一 Eiiti Wada

PFU Technical Review
Vol.3,No.1(Feb.1992)
pp.1 - 15

参考文献


2.文字集合

キーボード論争を始めるにあたって最初に考えるのはキーで入力する文字集合である。英文なら一般的なオフィスタイプライタ、日本ならカナモジカイのタイプライタに収められていた文字集合があり、一方テレタイプにはまた独自の文字集合があった。タイプライタの歴史は山田先生の解説[3]に詳しいが、古いタイプライタで筆者がいつも非常にユニークと思うのは宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」の次の一節だ。

その室の右手の壁いつぱいに、イーハトーヴ全体の地図が、美しく色どつた巨きな模型に作つてあつて、鉄道も町も川も野原もみんな一目でわかるやうになつて居り、そのまん中を走るせぼねのやうな山脈と、海岸に沿つて縁をとつたやうになつてゐる山脈、またそれから枝を出して海の中に点々の島をつくつてゐる一列の山々には、みんな赤や橙や黄のあかりがついてゐて、それが代る代る色が変つたりジーと蝉のやうに鳴つたり、数字が現はれたり消えたりしてゐるのです。下の壁に添つた棚には、黒いタイプライターのやうなものが三列に百でもきかないくらゐ並んで、みんなしづかに動いたり鳴つたりしてゐるのでした。

とても大正年間に書かれたとは思えない記述だが、調べてみるとテレタイプもほぼ同様な歴史を持つ。簡単にいえばテレタイプの文字集合はモールスコードと同じで、日本語の場合は別のいい方をすれば少し前までの電話帳にのっていた「朝日のア」で始まる通話表 (phonetic code)の集合と同じである。テレタイプのキー配置はずいぶん昔から決まっていた。筆者の学科の図書室の通信工学ハンドブック (1925年版)に和文用クラインシユミツド鍵盤鑽孔機としてすでに載っている (図 1)。

Fig.1-Keyboard of Kleinschmidt keypunch
図-1 クラインシユミツド鍵盤鑽孔機のキーボード
Fig.1-Keyboard of Kleinschmidt keypunch

初期の計算機はテレタイプを入出力装置に利用していたが、フレクソライタや現在の計算機用のキーボードの文字集合はテレタイプとは別のオフィスタイプライタが起源である。英文ではこの二つがマージされてきているが、日本ではまだ別系統のままであり、キーボードの配列も全然違う。要するにテレタイプには「ヰ」や「ヱ」があり、一方計算機用の方は「ャ」や「ュ」がある。


Fig.2-ASCII character set
図-2 ASCII コード
Fig.2-ASCII character set

Fig.3-JIS X 0201 katakana character set
図-3 JIS X 0201 片仮名 7単位符号表
Fig.3-JIS X 0201 katakana character set

テレタイプの文字集合はまず置いておき、計算機で使う文字集合の話しに限ると、英文の文字集合は ASCII コード (図 2)、日本語はJIS X0201[4]の片仮名用 7単位符号(図3)が基準になっている。この図は横位置になっているが通常の表は縦位置である。横位置にしてあるのは文字コードのビット組合せの値が1ずつ増えていくとき、対応するコードポジションが横に進むように表現したいからである。マトリックスで早くまわるインデックスを横にとるのと同じ発想である。JIS X 0208(情報交換用漢字符号)[5]の表でも下位を横向きにとっているし、最近制定作業中のDIS10646(Universal Multiple-Octet Coded Character Set)[6]でも下から2オクテット目を"row"と呼んでいるがそれとも通じている。もっともこの "row"の訳語が「列」だというと、マトリックスでは縦を列、横を行というからまぎらわしいといわれそうだし、50音図では「ア行」のように縦を行というからなにがなんだかわからないが、いまは横を列といわせてもらいたい。

このようなコード表では、コードポジションを表すのに、列をx, 列内の位置を y として、x=y で示すのが普通である。例えばASCII の表では"A"を4/1と表現する。

ASCII でも JIS でも、0と1の列は C0 集合という制御文字が占めている。7/15の DEL も制御文字だが、これは7単位の紙テープの頃の名残であり、Cx といって一個で集合を作っている。2/0の SP はスペース(間隔)で、しばらく前までは図形文字と制御文字の合いの子のような存在であったが、最近は完全に図形文字の仲間に入った。ASCII、JISで制御文字が同じなのは実は共通の先祖があり、そこで決まっている制御文字をこの両者が継承しているからである。先祖は ISO 646[7]という規格で、そこでは図形文字を一応は決めているが国や応用によっては一部をとりかえた版(version) を規定してよいことになっている。ASCII は2/4の通貨記号のところに"$"をいれ、日本は更に5/12に"\"と、図形文字の場所に必要な仮名をいれた。6、7の列は未定義としてある。

したがって議論の基となる文字集合は次の通り:

仮名文字 (JIS X 0201)
アイウエオ カキクケコ サシスセソ タチツテト ナニヌネノ ハヒフヘホ マミムメモ ヤユヨ ラリルレロ ワヲン ァィゥェォ ャョュッ (55文字)

仮名文字用記号 (JIS X 0201)
。「」、・ー゛゜(8文字)

英字大文字 (ISO 646)
ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ (26文字)

英字小文字 (ISO 646)
abcdefghijklmnopqrstuvwxyz (26文字)

英字用記号 (ISO 646)
!"#$%&()*+,-.$/;:<=>?@[\]^_`{|}(32文字)

数字(ISO 646)
0123456789 (10文字)

この他にJIS X 0208 の第4 区 (平仮名)、第5区 (片仮名)には「ゐ、ヰ」、「ゑ、ヱ」があり、これをどう扱うかもいつかは考える必要がある。