HHKB裏HISTORY 第四章 前編

刷新と熱狂の再起動
― HYBRID Type-S/HYBRID/Classic誕生、そして熱狂は深圳へ ―

第三章では、HHKBがグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞し、累計50万台という節目を迎えるまでを振り返りました。長く変わらない思想が評価された一方で、HHKBチームは次の時代に向けて、製品体系、開発体制、ビジネスモデル、ユーザーとの接点を大きく刷新する決断をします。

第四章前編で描くのは、その大きな転換点となった2019年12月10日までの産みの苦しみと、発表後に生まれた熱狂です。この日、現在につながるHHKB Professional HYBRID Type-S、HHKB Professional HYBRID、HHKB Professional Classicの3グレードが発表され、同日の夜にはユーザーミートアップvol.3が開催されました。さらにその熱気は、直後に中国・深圳で行われた、和田先生を交えたHHKBミートアップへと広がっていきます。

この前編では、製品刷新の背景、開発現場の苦闘、発表当日の熱気、そして中国ファンとの出会いを、当時の関係者の言葉でたどります。

今回お話を伺ったのは、企画を担当していた轡田大介さん、プロモーションを牽引してきた山口篤さん、販売を担当していた八野裕さん、開発部門の総括とハードウェアを担当していた川井正佳さん、ソフトウェアを担当していた米田照正さん、そして中国で販売プロモーションを担当していた馬伟明さんです。
変わらない思想を守るために、HHKBは何を変えたのか。第四章は、その問いから始まります。

■2019年12月HHKBは大きく変わった ~変えないために、何を変えるか~

2019年の刷新は、思いつきのモデルチェンジではありませんでした。発端は、2016年に登場したBluetoothモデルの経験にあります。BTモデルによって、HHKBにも無線化を待っているユーザーが多いことが見えてきました。一方で、当時のBTモデルは、Bluetoothを後から付け足したような性格もあり、安定性や接続性の面で次の課題を残していました。

山口篤(以下、山口) 第四章の最初は、やはりこの「BTモデルを経験したからこそ、次はHYBRIDだった」という流れを押さえておきたいですね。単純に新機種を作ったというより、BTで見えた手応えと課題が、そのまま次の企画の出発点になった。どうでしょう、企画担当の轡田さん。

轡田大介(以下、轡田) そうですね。BTモデルは、ある意味で市場に問いを投げた商品でした。結果として、HHKBにもワイヤレスを待っているお客様がいることは分かった。ただ、HHKBとして本当に胸を張れるワイヤレスにするには、もう一段踏み込む必要があったという感じです。

HHKB商品企画を担当していた轡田さん

山口 BTの時に、給電だけではなく有線でもつなぎたい、という声が多かったんでしたっけ。

轡田 そこまで明確に言われた記憶はあまりありません。ただ、Bluetooth接続のキーボードを待っているお客様がたくさんいたんだな、という実感の方が大きかったですね。

山口 なるほど。つまり「有線でも使いたい」という声が強かったというより、まずは“HHKBがワイヤレスになること”への期待が想像以上に大きかった、ということですね。

轡田 はい。そこは強く感じました。だからこそ、次は単なるBluetooth版ではなく、USBでもBluetoothでもきちんと使える、HHKBの本流としての新しいモデルにしたかったんです。

BTモデルはBluetoothのバージョンも古く、安定性に課題がありました。HHKBのユーザーは、キーボードが好きで、たくさん打鍵する人たちです。チャタリングやレイテンシーも含めて、しっかりしたBluetoothキーボードにしなければならない。その一方で、そぎ落とすものはそぎ落とし、機能性と安定性を高品質に担保する。ここで私達が考えたのは、HHKBの思想を変えることではありませんでした。キー配列、コンパクトさ、静電容量無接点方式の打鍵感といった芯は守る。一方で、接続方式、OS対応、ソフトウェア連携、ラインナップの整理は、時代に合わせて大きく変える。その線引きが、新シリーズ企画の出発点でした。

~新ラインナップに込めた想い~

それまでのHHKBには、Professional2、Type-S、BTなど、性格の異なるモデルが併存していました。有線で原点に近いProfessional2、静音・高速打鍵のType-S、無線対応のBT。どれもHHKBではありましたが、ユーザーから見れば「最高峰はどれなのか」「自分に合うのはどれなのか」がやや分かりにくくなっていました。

2019年発売で大ブレイクしたHHKB新シリーズ

轡田 HHKBはHHKBです。根っこは変えない。ただ、インターフェースをモダンにする。モダンだけれど、伝説的なHHKBとしての良さは残す。企画としては、そこがすべてだったと思います。

山口 この「HHKBはHHKBです」という言い方がいいですね。変えるけれど、根っこは変えない。そこを外すと、いくら機能が増えてもHHKBではなくなってしまう。

轡田 まさにそうです。機能を足すこと自体はできますが、足し方を間違えると普通の多機能キーボードになってしまう。HHKBらしさを損なわず、今のインターフェースに合わせる。そのバランスが大事でした。
その答えとして整理されたのが、HYBRID Type-S、HYBRID、Classicの3グレード体制です。HYBRID Type-Sは、静音・高速打鍵、BluetoothとUSB接続、キーマップ変更機能を備えた最高峰。HYBRIDは、マルチデバイス時代の標準機。Classicは、余計なものを削ぎ落とした原点回帰のモデルとして位置付けられました。

山口 Classicを残したのは、初代モデルへのオマージュでもありました。電池ボックスが膨らんでいない、クラシックな形状のHHKBも必要だろう、と。Professional2の後継という意味ではClassicがあり、同時にHYBRID Type-Sを最高峰モデルとして位置付ける。過去のラインナップを受け止めながら、新しいポートフォリオに組み替えるという考え方でした。全部入りの1機種にまとめるのではなく、思想ごとに3つの答えを用意する。これにより、HHKBは「進化」と「原点回帰」を同時に表現することになります。

八野裕(以下、八野) 販売する側から見ても、3グレードになったことで説明はしやすくなりました。最高峰がHYBRID Type-S、標準がHYBRID、原点がClassic。お客様にも「自分はどれを選ぶべきか」が伝えやすくなったと思います。

山口 一方で、Classicを残したことで、古くからのユーザーにも納得してもらえる余地を残せたと思います。全部を新しくするのではなく、原点もきちんと残す。そこがHHKBらしい整理でした。

~キーマップ変更ツールと、ファームウェアアップデートという新しい武器~

新シリーズの大きな特徴の一つが、キーマップ変更機能でした。HHKBはもともと独自のキー配列を持つキーボードです。そのHHKBが、ユーザー自身によるキー設定の自由度を高めることは、思想上も技術上も簡単な判断ではありませんでした。

HHKBソフトウェア開発を担当していた米田さん

米田照正(以下、米田) ソフトウェア担当の私のところに来た依頼は、「キーマップを変更するツールを作りたい」という内容でした。それまでのHHKBではディップスイッチで一部のキーしか変更できなかったので、もう少し広げられないか、と。ファームウェアの中にキーマップを持てる仕組みにするので、ほかのキーも変えられないかというところから始まった記憶があります。

ハードを担当していた川井さんから、キーマップ変更ツールを作りたいので相談に乗ってほしい、という話が来たのが2018年3月でした。そこから仕様決めを含めてスタートしていった感じです。

山口 キーマップ変更は、今でこそ当たり前のように見えるかもしれませんが、HHKBでやるとなると、けっこう勇気がいるテーマでしたよね。

米田 そうですね。HHKBは配列そのものに思想があるので、何でも自由に変えられれば良いという話でもありません。ただ、ユーザーの使い方も多様化していたので、どこまで開放するのか、どこを守るのかは考えながら進めていました。

轡田 企画側としても、キーマップ変更は単なる便利機能ではなく、HYBRID世代の付加価値になると考えていました。HHKBの芯を守りながら、ユーザーごとの使い方に少し寄り添うための機能だったと思います。

HHKBのコアは「変わらないこと」に価値があります。ただ、インターフェースはモダンにする必要がある。そこに、今後の付加価値になる何かが必要でした。ゲーミングの世界ではキーマップ変更の流れも始まっていたので、企画側で「キーマップをやろう」と決めていった感覚があります。

このキーマップ変更ツールには、二つの意味がありました。一つは、ユーザーが自分の使い方に合わせてキー設定を調整できること。もう一つは、ファームウェアを後から更新できる仕組みを持つことです。後者は、以前のBTモデルでの苦い経験から導き出された開発上の必須条件でもありました。

川井正佳(以下、川井) 以前のBT版では、ファームウェアを変更したくても簡単にはできず、かなり苦労した経験がありました。だから、新シリーズではファームウェアアップデートの仕組みは絶対に必要だと考えていました。後から直せる、改善できるということが、開発側には非常に大きかったですね。

ユーザーにとっては便利な設定ツール。開発側にとっては、出荷後も品質を高め続けるための命綱。キーマップ変更ツールは、単なる付加機能ではなく、HYBRID世代以降のHHKBを支える基盤にもなったと思いますね。

山口 後から直せる、改善できるという仕組みは、今思えば本当に大きかったですね。発売して終わりではなく、出した後も育てていけるHHKBになった。

川井 そこは開発側としても安心材料でした。もちろん、出荷時点で作り込むのは大前提ですが、OSや接続環境は変わっていきます。そこでファームウェアを更新できるというのは、長く使っていただく製品として非常に重要でした。

■2019年12月10日までの苦難

企画の方向性は明確でした。しかし、実際の開発は難産でした。当初予定されていた発売時期は2019年春。そこから夏のボーナス商戦も越え、最終的に発表は12月までずれ込みます。当初は2019年4月、遅くとも6月のボーナス商戦を狙っていましたが、最終的には12月になりました。結果的に8か月ほど遅れたことになります。ラバードーム45gの歩留まり、ファームウェア、Apple環境、BLE 4.2、FileVault、キーマップ変更ツールなど、非常に多くの課題を乗り越えていきます。

HHKB開発の総括とハードウェア開発を担当していた川井さん

川井 最新のBLE(Bluetooth Low Energy)チップを載せたので、これで最先端に行けると思っていたら、FileVaultでつまずきました。FileVaultを有効にしていると、ログインパスワードを入力する場面でキーボードが効かない。なぜだろうという大きな疑問がありました。

山口 FileVaultの件は、ユーザーから見ると「ログイン画面でキーボードが効かない」という致命的な話ですから、これは相当焦りますよね。

川井 焦りましたね。通常のログイン後の動作だけ見ていると分からない。セキュリティ機能が有効なログイン前の状態でどう動くかまで確認しなければいけない。Bluetoothキーボードの難しさを改めて思い知らされました。

よくよく見てみると、Mac側も最新のBLEをすべてサポートしているわけではなかった。こちらだけが先に行きすぎてしまっていた部分があったんです。日本語キーボードが認識されない問題もありました。この問題を解決しないと製品化できない。Appleにバグレポートを出し、ODM先や開発側も含めて、いろいろな人から個別にも打ってもらいました。最終的には、仕様として整理し、注意喚起も含めて出荷にこぎつけた記憶があります。

米田 Bluetooth接続のところは私が直接担当していたわけではありませんが、動作確認などは川井さんと一緒にかなりやりました。Appleに対してバグレポートを出す時には、ScanSnapのチームにも協力してもらいました。PFU全体で取り組んでいた感覚があります。

山口 Apple Japanにも相談に行った記憶がありますし、Macに詳しい方々にも話を聞きに行きました。結局、バグレポートを出し続けるしかない、という状況でしたね。

轡田 Bluetoothは、規格に対応すれば終わりではありません。OS、デバイス、ドライバー、セキュリティ機能、ログイン前の挙動まで含めて、本当に使えるかを確認しなければならない。HHKBのように、Mac、Windows、iPad、iPhone、Androidなど、さまざまな環境で使われるキーボードでは、その確認範囲は非常に広くなります。

山口 もう一つの難題が、45gラバードームの品質安定でした。HHKBの価値は、スペック表だけでは伝わりません。押した瞬間の感触、キーごとの均一感、長く打ち続けた時の疲れにくさが、製品体験そのものです。私が一番覚えているのは、ODM先とラバードーム45gの歩留まりをどう担保するのかという話です。結果的に、新シリーズ用にラバードームを作り直させたと記憶しています。

HHKBプロモーションを担当していた山口さん

川井 ゴムのロットが分割されていて、それを並べ替えるような対応をしていた記憶があります。測定する治具を作って、どの範囲ならしっかりしたものとして保証できるのか、お互いに納得しながら進めました。

八野 ラバードームは外から見えない部品ですけど、HHKBにとっては打鍵感そのものですよね。ここを妥協すると、ユーザーはすぐに気づく。

山口 そうなんです。スペック表には出にくいところですが、押した瞬間の感触やキーごとの均一感がHHKBの価値なので、そこは最後までこだわりました。

川井 数値で測る部分と、人が打って感じる部分の両方がありました。開発側、ODM先、企画側で「この範囲ならHHKBとして出せる」というところを詰めていった記憶があります。

山口 静電容量無接点方式の打鍵感は、HHKBの根幹です。だからこそ、ラバードームのばらつきは妥協できない。ここにも、開発現場の地道な検証と調整がありましたよね。

川井 ファームウェアの安定も大変でした。PFUのファームウェア部隊にもかなりの期間、張り付いてもらいました。Macも大変でしたが、Windowsもいろいろな機種、いろいろなバージョンがあります。iPhone、Android、iPadも含めて、何にでも安定してつながるようにするのが非常に難しかったですね。

他社キーボードはちゃんと安定している。そこに負けてはいけない。最後はチーム一丸となって、営業側にもMacを使ってもらいながら検証したり、ODM先も含めてチームを作っていった。それが成功のもとだったと思います。

山口 全員にとって初物だったんですね。ODM先にとっても、PFUにとっても。

川井 本当に一生懸命やりました。私もいろいろな開発を経験してきましたが、この新シリーズは一番思い出に残っています。開発終盤、出荷判定の場面では、関係者の感情が一気にあふれたといいます。出荷判定の総括と所感を振られた松本さんが感極まって流した涙に、当時の事業部長や私も含めもらい泣きしたのを鮮明に覚えています。単に予定通りに製品を出したのではない。数々の技術的な壁を越え、HHKBを次の時代に渡すために、組織を越えたチームが一丸となって作り切った製品だったと思います。

山口 あの時は、私ももらい泣きをしましたね。予定から遅れ、技術的な課題も多く、でも最後は全員でここまで来たという思いがありました。普段はそこまで感情を出す場ではないのですが、あの製品はそれだけ特別でしたね。単に新モデルを出すというより、HHKBを次の世代に渡すための山を越えた感覚がありました。

HHKBの新たなブランドイメージ

轡田 この時にもう一つ大きく変えたのが、ブランドガイドラインです。HHKBのブランドテイスト、使うべきフォントや色、Webサイト、パッケージまで、一貫性を持たせようとしました。新シリーズの刷新は、製品仕様だけに留まったわけではなく、ブランドガイドライン、Web、パッケージ、発表会、タッチ&トライ、さらにはHHK BEERまで、HHKBをどう見せるか、どう体験してもらうかも同時に意識して見直しましたね。

八野 この頃から、HHKBを単なる型番の集合ではなく、一つのブランドとしてどう見せるかをかなり意識し始めましたよね。

山口 はい。製品は孤高だけれど、見せ方がバラバラでは伝わらない。Webもパッケージもイベントも、同じ空気感で見えるようにすることが重要でした。

轡田 ブランドガイドラインは、単に見た目を揃えるためではありません。HHKBを横軸で統一ブランドとして扱うための取り組みでした。マニュアルからWeb、外観まで、一貫したデザインで見せていく。外観や発光、プレートの種類など、ものづくりにもかなり適用していったと思います。

第三章までのHHKBは、知る人ぞ知る孤高のキーボードという側面が強くありました。第四章以降のHHKBは、その孤高さを保ちながら、ブランドとしての見え方を整え、より広いユーザーに届ける段階へ進んでいきます。

■2019年12月10日、発表会とユーザーミートアップ vol.3

2019年のHHKBユーザーミートアップvol.3のフィナーレ 壇上に集まったHHKBの開発者

そして迎えた2019年12月10日。午後にはベルサール御成門タワーで新HHKBシリーズの発表会、夜には同じ会場でHHKBユーザーミートアップvol.3が開催されました。

八野 12月10日、発表会と同じ日の夜に、ユーザーミートアップvol.3を開催しました。定員150名で、ほぼ満員。和田先生にも参加いただきました。会場では即売会も実施しましたが、本当によく売れました。

山口 午後に発表して、その夜にユーザーの前に全部並べるというのは、今考えてもかなり攻めた設計でした。準備側は大変だったと思います。

八野 大変でしたね。発表会の熱が残ったまま、その場で触ってもらい、そのまま買っていただく。狙いとしては分かりやすいのですが、現場は本当にバタバタでした。

HHKBの営業を担当していた八野さん

山口 あの日は本当に熱かったですね。最後に開発メンバーが壇上に上がった場面は、傍から見ていても胸に来るものがありました。川井さんたちが壇上に上がって、ユーザーの前でねぎらわれる。あの瞬間は、私もウルっとしていました。

川井 開発メンバー全員をミートアップに呼んでいただいたことには、本当に感謝しています。開発したメンバー全員が行きました。ユーザーの前に立てたことは大きかったですね。

米田 ユーザーの皆さんと直接話せたことが、一番良かったですね。一人で2台、3台と買っていく方もいて、すごい熱量でした。

八野 即売会はレジが間に合わないくらいでした。品出しする人、チェックする人、金額を見る人という感じで役割分担して回していました。現金決済が特につらかったですね。

山口 レジが間に合わないメーカーイベントというのも、なかなか珍しいですよね。

八野 嬉しい悲鳴でした。品出しをしながら、会計を見ながら、和田先生のサインの列もあって、完全にお祭り状態でした。あの場で箱を開けて試している方を見ると、やって良かったなと思いました。

山口 購入したHHKBに和田先生にサインして欲しいユーザーも多く、長蛇の列となってしまいましたが、高齢の和田先生が丁寧にHHKBユーザーと向き合われている姿勢に感動してしまいましたね。

川井 HYBRIDは乾電池でやりましたけど、私は乾電池で良かったなと思っています。膨らむ心配もないですし。

轡田 記者発表のQ&Aでも、「なぜ今どき乾電池なのか」と聞かれました。リチウムイオンにしたかった気持ちもありますが、安全性のレギュレーションや、バッテリーが劣化して本体より先に使えなくなる可能性を考えると、長く使える道具としては乾電池で良かった。結果的に、HHKBの哲学とも合っていました。

八野 HHKBの文脈としても合っていましたよね。長く使う道具というコンテキストに、乾電池という選択がうまく合っていました。

山口 この時は、サンクトガーレンさんに作っていただいたHHK BEERも披露しました。HHKB単独でここまでの発表会をやったのは、かなり大きな出来事だったと思います。

八野 HHK BEERまで用意したのは、かなりHHKBらしい遊び心でしたよね。硬派な製品なのに、イベントでは少し茶目っ気がある。

HHKBユーザーミートアップで振舞われたHHKBeer

山口 そこは意識していました。真面目に作った製品を、真面目に説明するだけではなく、ユーザーと一緒に楽しめる場にしたかったんです。

八野 パネルディスカッションでは、左右分割型が欲しいとか、30gが欲しいとか、そういう要望も出ていました。今振り返ると、後につながる種も、あの場にあったんだと思います。

轡田 30gの話も、当時は「また濃い要望が来たな」という感じでしたが、そういう声が積み重なって後の企画につながっていくわけですよね。

山口 そうですね。その場では笑いも起きるのですが、ユーザーの本音としてはかなり真剣なんです。HHKBのイベントは、そういう濃い声を直接聞ける場でもありました。

この夜、HHKBは製品として発表されただけではありません。和田先生、開発陣、販売・拡販メンバー、そしてユーザーが同じ場に集まり、HHKBという道具をめぐる熱量が目に見える形になりました。

そして、会場には単に製品が並んでいたわけではありません。新しいHHKBをその場で触り、その場で買い、箱を開け、自分のデバイスにつなぐユーザーがいました。D2Cへの転換を象徴するような光景が、すでにこの夜に生まれていました。

■中国・深圳ミートアップ:熱狂は国境を越えた

東京での熱狂は、そのまま中国・深圳へとつながっていきます。2019年当時、HHKBの中国展開はすでに始まっており、PFU上海のメンバーを中心に中国現地の濃いファンコミュニティとの接点が育っていました。本章筆者の松本も深圳のミートアップには同行しており、当時の中国でのHHKBの責任者であった馬さんに当時の状況を聞いてみました。

松本秀樹(以下、松本) 馬さん、中国のHHKBファンの熱量は、日本と少し違う種類の熱さがありましたよね。日本で長く使ってきたファンの熱とはまた別の憧れや発見のようなものも感じました。私も深圳のミートアップに同行しましたが、深圳でのミートアップについて馬さんに詳しく伺いたいです。因みに中国でのHHKBの展開は、この時期より少し前から徐々に始まっていましたよね。

PFU中国拠点のHHKBのプロモーションを担当していた馬さん

馬伟明(以下、馬) はい。中国でHHKBが知られ始めたのは、かなり前からです。2007年頃から、日本で買って中国に持ち帰って使う方々がいました。当時、中国にはあのようなコンパクトなキーボードが少なかったので、愛好者が少しずつ増えていきました。その後、PFU上海として本格的に販売を始めたのが2016年です。

最初は日本で買って持ち帰る方、代理購入のような形で手に入れる方が多かったと思います。正式に販売を始めたことで、ようやく中国のユーザーに安心して買っていただける環境ができました。

松本 中国は、販売を始める前からすでにファンがいたというのが面白いですね。市場を作ったというより、もともとあった熱量にPFU上海が応えていった感じがありますね。

馬 2019年の深圳ミートアップは、中国では3回目のミートアップでした。1回目が北京、2回目が上海、そして3回目が深圳です。深圳はコンピューター周辺機器やハードウェアの文化が非常に発達している場所なので、HYBRIDというマイルストーンとなるモデルの発表にはふさわしいと考えました。

中国のHHKBファンにとって、和田英一先生の来場は特別な出来事でした。PFU上海では、HHKBの物語を中国のユーザーにも伝えてきました。その中心にいた和田先生が、実際に中国のファンの前に立つ。それは、製品の発表を超えた意味を持っていました。

和田先生が来られると分かった時、私たちはとても感動しました。当時、和田先生は88歳でしたので、少し心配もありましたが、中国のユーザーには和田先生の名前を知っている方が多くいました。ホテルに泊まられた時点で、すでに何名かの愛好者が和田先生のことを待っていて、自分のHHKBにサインをもらいたいと並んでいました。

当日の発表では、私から新モデルの説明をしました。過去のBTモデルでチャタリングなどの課題があったことも踏まえ、今回のHYBRIDでは改善されていることを伝えました。中国のユーザーに安心してもらう意味でも、大事な説明でした。
和田先生の講演では、HHKBの誕生、設計思想、キー配列の話など、これまで中国の愛好者に直接伝わっていなかった話がたくさんありました。特に「尊師スタイル」という言葉は、資料を翻訳している時に私も意味を調べました。講演を聞いて、皆さんも「なるほど、そういう使い方なのか」と理解していました。

松本 「尊師スタイル」を中国語でどう説明するのかは、なかなか難しいですよね。日本語でも独特の言葉ですから。

馬 はい。翻訳の時に私もかなり調べました。ただ、和田先生ご本人から背景を聞くと、中国のユーザーにも非常によく伝わりました。単なる姿勢の話ではなく、キーボードと身体の距離感、使い方の思想として理解されたと思います。

深圳で開催された中国HHKBミートアップでファンのサインに応じる和田先生

松本 中国でも日本国内同様に、和田先生の前に行列ができていましたね。買ったばかりのHHKBの箱を開けて、サインをもらっている方も多くいて、和田先生がスーパースターのように受け止められていたのが印象的でした。

馬 深圳ミートアップは、今までで一番盛り上がったイベントだったと思います。翌年にはコロナ禍が始まりましたので、振り返ると本当にぎりぎりのタイミングでした。

松本 深圳でのミートアップの翌日、和田先生と一緒に深圳の企業を見学したことも印象に残っています。DJIやXiaomiのショールームを回りましたが、和田先生は年齢を感じさせないほど新しい技術に興味を持たれていました。深圳という街の勢いも強く感じました。

そして、和田先生がDJIやXiaomiの展示をとても楽しそうに見られていたのも印象的でした。年齢に関係なく、新しい技術への好奇心が本当に強い方だと改めて感じました。

深圳で開催された中国HHKBミートアップに参加された和田先生

馬 私たちもその姿を見て感動しました。HHKBを生んだ先生が、深圳の新しいテクノロジーにも強い関心を持ってくださる。中国のメンバーにとっても、とても誇らしい時間でした。当時のDJIやXiaomiは、まさに高速に発展している時期でした。深圳には中国の先端企業が多く、まさに面白い街です。キーボードを含む周辺機器の多くも、深圳の工場で作られている。そういう意味でも、深圳でHHKBのイベントをやることには大きな意味がありました。

東京で見たのは、長くHHKBを支えてきた日本のファンの熱狂でした。深圳で見たのは、HHKBが国境を越え、別の文化圏のユーザーにも深く届いているという実感でした。HHKBは、もはや日本の一部のプログラマーだけの道具ではなく、思想を持ったグローバルなブランドへと踏み出し始めていたのです。

~新しいHHKBは、熱狂とともに始まった~

2019年12月、HHKBは新しいラインナップを発表しました。しかし、その本質は単なる新製品投入ではありませんでした。BTモデルまでの様々な経験を踏まえた企画、HYBRID Type-S、HYBRID、Classicの3ラインナップへの整理、キーマップ変更ツール、ファームウェアアップデート、BLEとFileVaultの苦闘、ラバードーム45gの品質確保、ブランドガイドラインの刷新。そして、ユーザーミートアップvol.3と深圳での熱狂。

これらはすべて、HHKBが「変わらない思想」を次の時代に届けるための大きな変化でした。後編では、その新しいHHKBをどう売り、どう体験してもらい、どうユーザーとつながっていったのかを振り返ります。D2C、タッチ&トライ、コロナ禍、HHKB Life、エバンジェリスト、25周年、リファービッシュ、レンタル、HHKBar。そして、物語はHHKB Studio前夜へとつながっていきます。

後編に続きます。

\HHKB裏HISTORY 第四章 後編はこちら/

\HHKB裏HISTORY 第三章 前編はこちら/

\HHKB裏HISTORY 第二章 前編はこちら/

\HHKB裏HISTORY 第一章 前編はこちら/

執筆者

松本秀樹

PFUにて、HHKB初代の立上げから30年間HHKBの事業化を推進してきたHHKB仕掛け人。いくどものHHKBの苦境・苦難にも立ち向かい、愛し育てたHHKBの守り人。現在はHHKBエバンジェリストを担当。F1、食、酒、旅、映画、美術、犬が好き。愛犬はミニチュアダックス。東京木場の生まれ。

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